1.黒ファイ演繹 1-7 碧と金の世界
魔法具の中の砂はしばらく風に洗われる砂丘のような彩を描いていたが、
しばらくするとそれは真っ白な雪に変わっていった。
ファイが辺りを見渡せばそこは一面の銀世界で、凛と冷たい風に舞いあげられた粉雪がキラキラと輝いている。
気づくとやわらかな白い手に腕をひかれて歩いていた。
その手の主は――
「ファイ…」
前を歩く少年は振り返ると大きな蒼い瞳を輝かせておどけるように笑った。
「ユゥイったら、迷子になったみたいな顔してるよ。」
「――どうして…?」
「早くお城に帰ろう!遅くなったらまた母様に叱られるよ〜。」
腕を引いてずんずん前を歩く少年の背格好はちょうど小狼くらいだった。
きらめく金の髪は肩のあたりで切りそろえられてバラ色の頬にかかっている。
まとっているローブはヴァレリアの王族のものだ。
少年の姿のファイは二人で一緒にいることが嬉しくてたまらない様子で、
時々こちらを振り返っては跳ねるように歩いた。
大人になったファイはされるがままに手を引かれて歩いた。
歩いているのは確かにヴァレリアの城下の小道で、二人はこっそり秘密の通路から城に入った。
二人のファイは小さな双子の皇子の部屋に入った。
天蓋付きのベットが二つ、小さな椅子が二つ、何もかもが二つづつ。
「ユゥイ、どうぞ座って。」
ファイは勧められるままに皇子の小さな椅子の傍らにあるカウチに腰かけると
自らを落ち着かせてから尋ねた。
「…どうして君はそんなに楽しそうにしているの?」
「どうしてって?それはね、ユゥイが最近とっても楽しそうに笑うからだよ〜。」
ファイはくるくると表情を変える美しい少年から目を離すことができなかった。
その頃の自分より少し優しげに見える。
「特に!いつも一緒にいるあの黒い大きい人。あの人の怒った顔っていったら
本当に面白いよねぇ〜。うふふふ。」
突然黒鋼のことが話題になり面食らったが例の苦虫を噛み潰したような顔を思い出して
つられて笑ってしまった。
「そうそう、ユゥイがそんな顔して笑ってるから、オレも幸せ〜。」
「……。」
「覚えてる?よく母様に読んでもらったおとぎ話のこと。」
少年のファイが大きな出窓を指さすと、そこにはたくさんの童話の本が並んでいた。
どちらかというと腕白なユゥイとおっとりしたファイ――
兄弟はおとぎ話が大好きだった。
「最近はオレもお話を書いてるんだよ、君に聞かせてあげる。」
少年は、皇子の小さな椅子に座ると歌うように話し始めた。
―やさしい王子様の話―
昔々、ある国に心やさしい王子様がいました。
その国のひとびとはいつも幸せでした。
王子様の笑顔には人の心を幸せにするちからがあったのです。
その国の暗い森にすむ悪魔は、おもしろくありません。
悪魔は人のふこうが大好きです。
悪魔は王子様にのろいをかけてしまいました。
王子様の心はくさりでしばられてつめたいみずうみのそこにとじこめられてしまいました。
王子様は笑うことができなくなり、人をきずつけるようになりました。
国の民はとても悲しみました。
王子様を大切に思うひとびとが何とかのろいをとこうとしましたが、むりでした。
悪魔ののろいはとてもとてもつよかったのです。
ながいねんげつがすぎて王子様の前に三人の魔法使いがあらわれました。
魔法使いたちは王子様の笑顔がみたかったのです。
一人目の魔法使いは王子様の心をのろいのくさりからときはなちました。
王子様は人をきずつけることがなくなり、その心に人を信じる気持ちがもどりました。
でも魔法使いは力を使い果たしてしまい、さいごに王子様を抱きしめるときえてしまいました。
二人目の魔法使いは王子様にむしょうの愛をそそぎ、つめたくなった心をあたためつづけました。
王子様の心は人に愛されるということを思い出しました。
でも魔法使いは力を使いはたしてしまい、さいごに王子様をだきしめるときえてしまいました。
二人の魔法使いのねがいは王子様にしんじつをつげました。
王子様は自分がのろいにかけられていたことをしりました。
でも、王子様のこころはつめたいみずうみにとじこめられたままでした。
そこに三人目の魔法使いがあらわれました。
魔法使いは王子様の笑顔がみたかったので王子様の心をとざされたせかいからとりもどしました。
王子様にやさしい心が戻ってのろいはすべてとけました。
でも魔法使いはちからをつかいはたしてきえそうになりました。
王子様は魔法使いにいいました。
「わたしはあなたのためになにができるでしょうか?」
魔法使いはいいました。
「わたしはなにもいりません。こころをとりもどしたあなたが生きているだけでいいのです。」
王子様は人を愛するということを知り、涙をながしました。
そして王子様は魔法使いを抱きしめると言いました――
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「…あぁユゥイ、もう時間がないや。最後のセリフは君が選んで。」
その時、眩暈のように世界がぐらりと歪んだ。
少年の姿をしたファイが椅子から立ち上がると、
その姿は濃紺に金の刺繍のローブをまとった青年へと変わっていた。
美しい青年はゆっくりとファイに歩み寄る。
「ユゥイ、今は君の心にオレの言葉は届かないけど、真実を告げられる日はもうすぐだ。」
二人のファイが向い合せに立つと、その姿は鏡に映っているかのようにそっくりだった。
「これだけは覚えておいて。
オレはいつでも君のしあわせを願ってる。こうやって――」
胸の前で互いの手のひらを合わせると、弟は最愛の兄に笑いかけた。
「君が笑えばオレも笑ってるんだよ。」
ファイはそのあざやかな笑顔を心に焼き付けておこうと思った。
――涙で蒼と金の世界が歪む
( 君はどうか 自由に――― )
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