1.黒ファイ演繹 1-3 花鳥風月
この世界では月の晩の戦が生活の一部になっている。
おかげ二人が生活するために十分な糧を得ているし、黒鋼にとっては退屈しのぎにもなっている。
しかしいつまでこの生活が続くのか。
この次元に来て間もなく、魔術師は夜魔ノ国にサクラの羽根があることに気づき、それを忍者に伝えた。
羽根は、この国の王である夜叉王が身に宿しているという。
夜叉王は、二人がこの次元に落ちる前にいた紗羅の国の陣社に祭られていた夜叉神に生き写しだった。
しかし、いずれにしても月の城の戦の晩にしか姿を現さない夜叉王と深く接触する機会はほとんどなかったし、羽根を手に入れたところで旅の一行と合流しなければ先には進めない。
次元移動の手段を持たない二人は、羽が近くにあるこの場所で仲間が現れる日を待つより他に仕方なかった。
そうなのだけれども。
(白饅頭は一体なにをやってんだ!)
黒鋼はいつとも分らない二人と一匹の出現を黙って待ってはいられずに、昼間は毎日のように町に出て情報収集していた。
この日はファイの買い出しに付き添って市場に来ていたが、雑踏の中を歩けばどこからともなく声がかかる。
「あぁ、今日はおそろいかい?例の子供たちならまだ見かけたって話はきかないねぇ。」
「昨日も大活躍だったそうだね、主人に聞いたよ〜。」
この頃には、二人の旅の目的さえも国中に知れわたっていたため、
自ら情報収集に出向く事にほとんど意味がなくなっていた。
「これ、うちでとれたサツマイモ。お土産に持っていってよ。」
気のよさそうな八百屋のおかみがファイに笑いかけて、
山ほどあるサツマイモを籠ごと黒鋼に押し付けた。
「って、持つのは俺かよ!」
「当り前よ、男でしょ!」
「こいつも男だ!!」
黒鋼はファイを振り返り大声で言い返す。
「……。」
ファイは無言のままおかみさんに向って頷くとお礼に微笑んだ。
「ああっっ(喜)、近くで見るとますますきれいだねぇ。またおいでよ!!」
嬉々としてファイに手を振るおかみを背に黒鋼は籠を担いでドスドスと歩き、
ファイはその後ろをついて歩いた。
モコナと遠く離れているため、ファイにはこの国の言葉がまったくわからないのだ。
黒鋼は言葉にさほど困らなかった。
この国と自国の言葉が似ているため、かなり強い訛りを感じながらもなんとか会話は出来ている。
この世界ではファイは喋れないということにして、代わりに黒鋼が交渉事の一切を引き受けていた。
そのため、ファイは言葉のない美しい戦士として主婦層から絶大な人気を集め、こうして市場を歩いているだけでいろいろな贈り物を受ける。
(俺はこいつの荷物持ちかよ。)
特大の籠に山盛のサツマイモは本当に重かった。
二人は城下の家を借りて一緒に暮らしていた。
昼間はお互いの好きなように過ごし、夕刻には戦の支度を整えて夜叉城に向かう。
炊事・洗濯・掃除はすべてファイが担当していた。
毎晩月の城の戦闘に参加するのは互いに同じなので黒鋼もはじめのうちは手伝おうとしたが、必ずあとから手直しされるので今では頼まれても手出しするつもりはない。
旅の同行者を待つよりほかにない苛立ちを抱えながらも二人の暮らしはのんびりしたものだった。
月の城で阿修羅族と戦争をしているものの、夜叉族の人々は素朴であたたかかったからだ。
民に敬愛される夜叉王の人柄に依るところも多くあるだろう。
ファイは、月の城での戦と食材の買い出し以外は、ほとんどの時間をこの家で過ごした。
住み始めて間もないころは縁側に座り庭のツツジをよく眺めていた。
今はこの家の大家である老婆に習って庭中に色とりどりの花を咲かせている。
ファイが咲かせたのは、水仙からはじまって芙蓉、鉄線、桔梗。
花を愛でる眼差しはやさしい。
もうすぐ夏が来る。
また、ファイは軒先に餌をつるしてついばみにくるメジロやヒヨスを眺めていた。
餌付けはエスカレートする一方で、黒鋼は集まる鳥の数が増ていくのが気がかりだった。
「いい加減にしねぇと近所から苦情が来るんじゃねえか?」
そんな心配をよそに魔術師は窓辺にもたれて口笛の練習をしている。
「…テメエ、気まますぎるぞ。」
鳥たちはすっかりなついて、ファイに口笛を教えるかのようにさえずるのだった。
また、ファイは墨で花や鳥の絵を描いた。
夜叉王は言葉がわからないファイを気遣ってか、いろいろ差し入れを遣すので、お礼に、とファイは夜叉王に絵を送ったことがある。
夜叉王はその絵が大変気に入ったらしく、お返しに落款を作って届けてくれた。
落款には「風月」と入っていた。
掛け軸に表装されたファイの絵は城内の王の住まいで見ることができる。
美しい絵ではあるが、日本国の雅を知る黒鋼から言わせれば、わさわさと葉の生い茂る柿の木に鶯がとまっている絵はどこかちぐはぐに見える。
そんなところもファイらしいのだが。
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