3.黒ファイ演繹 3-6 ムーンライトラプソディ

忍者と魔術師は共に真っ赤な着物を着て陣社から家までの帰り道を歩いていた。

毎日のように歩いた道は満天の星月夜に照らされて、紅葉の木々は青白く染め上げられている。

黒鋼は夜空を見上げて考え事をしながら前を歩いていた。

ファイは足を引きずりながら下を向いて後ろを歩いていた。


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秋の夜風は頬にひんやり冷たく、黒鋼は何となく寂しさを感じていた。

子供のころに感じた盆や正月の人寄せの後の寂しさに似ている。

少し酔っているのかもしれない。

一方的に知世に追放されて始まったこの旅にも、それなりに意味はあるのかもしれないと思い始めていた。

夜魔ノ国に来た当初は旅の一行とはぐれて移動手段を無くし、毎日イライラしていたものだ。

しかし、いつの間にか心は穏やかになっていた。

先ほどは「世話になった」などと挨拶したが、忍軍にいた頃の自分がそんな言葉を口にしたことがあっただろうか?

(――無ぇな。)

ここでの暮らしを振り返ると多くの人に世話になったと素直に思える。

中でも、一番世話になったのは―――。

「おい。」

黒鋼が振り返ると、そこにいると思っていた魔術師ははるか後ろに小さく見えた。

「・・・・・・。」



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ファイの紫紺色の草履は、なぜかやけに小さかった。

(足が・・・イタイんだよー。)

遠くに見える黒鋼がこちらを向いて腕を組んで待っているのが見える。

表情は良く見えないが、きっとイライラしているに違いない。

(でも、走れませんから・・・。)


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黒鋼はよろよろ歩くファイを見ていた。

足でも痛いのか、とても情けない顔をしている。

ああいう顔は、小僧や姫の前では見せないだろうと思う。


この半年間一緒に暮らして魔術師のいろいろな一面を見た。

胡散臭いことには変わりないが、悪いやつではないと思う。

戦場で見せた弓術も戦術も相当な手練れだった。魔法とやらでどう戦うのか見たい気もする。

庭の花や鳥を眺めている時の姿は、心はどこか遠くにあって、今にも消えてしまうのではないかと思わせた。

泣きはらした顔を見た時には、心配で、理由が分からずイラついた。

初めて見た心からの笑顔は、逆光のせいか眩しかった。

メシは、文句なくうまかったが、羅刹の嫁と一緒になって甘い菓子づくりに凝った時は迷惑だった。

男のくせに、良く気がつくやつだと思う。

たぶん、自分の心が穏やかだったのは―――

やっと追いついてきたよろよろのファイに、黒鋼は左手を伸ばした。

「おせぇから引きずってくぞ。」

ファイがその手を掴もうとした時、限界の足がよろめいた。

黒鋼は咄嗟に抱きとめた。

懐かしい伽羅の香々が鼻先をかすめる。

そして、そのまま ―― 抱き締めてしまった。



夜半の月光が道端に作った二つの影が重なる。

辺りは静かで、虫の音だけが控え目に響いていた。



黒鋼は自分の行動に驚いたが、腕の中にファイがいる心地よさは否定できない。

そして、金の髪を飾る紅葉の一葉を見ながら、普段であれば決して言わないことを口にした。


「お前には、一番世話になった。・・・礼を言う。」


黒鋼の胸に顔をうずめた格好のファイは何も言わない。

言葉が通じないことが分かっていたからこそ、黒鋼自身も意識していない本音がこぼれた。



「声 聞かせろよ。」



しばし無言で離れ難さを感じていると、胸のあたりで小さな声が聞こえた。

それは何かの呪文のような異国の言葉だった。

「ЁФУУФ ЙЁФЙЙФ ЁЙУФЁФ. ЙУФЙЁЙ ФУЙЙУФЁФ ЙФЙЁЙУЁ ФЙФУЙЁФ ЙЁЙУФЁФЙ УФЙЙФЁЙУ ФЁФЙУФЙЁЙ ЙУЁФЙФУЙЁФ ЙЁЙУФЙ・・・ УЁФЙФУЙЁФЙЁЙУФ. ЁФЙ・・・ 」

半年振りに聞いたファイの声は、懐かしく心地よく、胸に響いた。

「・・・ “コチラコソ、セワにナッタ。くろサマ。”」

「!!!!」

黒鋼が自分にもたれかかる細い肩をつかんでひき剥がすと、いたずらっぽく笑う黒い瞳と目があった。

「・・・ってめぇ!いつから・・!!」

黒鋼は怒りと気恥ずかしさで真っ赤になった。

魔術師はいつだって予想のななめ上を行く食えない奴だった。とんだ茶番を演じてしまった事に気付いた時には、遅い。

怒れる忍者は魔術師の手をつかんでずるずる引きずって歩いた。

「ФУФЙЙ!!」

「うるせえ!とっとと歩け!」

「УФЁФЙ〜!」

「それ以上文句言ったら、斬る!!!」

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『君の腕の中はとても暖かくて居心地がいい。一緒に暮らした半年間は本当に楽しくて、終わってしまうのは少し寂しいよ。・・・それから、オレは君が、すきです。・・・“こちらこそ世話になった。黒様。”』




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二人が手をつないで歩く道は真っ直ぐではないけれど、その先を月の光が明るく照らしていた。

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