3.黒ファイ演繹 3-3 天上の雅楽

月の城に現れた二人の少女 ―― 小狼とサクラは阿修羅城へ客人として招かれた。

これは阿修羅王の取り計らいだった。

側近の倶摩羅は不愉快な表情を浮かべた。

「そいつらは夜叉族と通じているかもしれません。あの二人を知っているようでした。」

「構わん。」



夜叉族は阿修羅族にとって宿敵だったが、阿修羅王はあまり気にとめない様子だった。

戦の喧噪のさなかに、小狼は確かに黒鋼とファイの姿を見た。

しかし、なぜか二人は自分たちを見ても無反応だった。

別人なのだろうか。黒鋼が持っていたのは蒼氷であったはずなのに。

黒鋼らしき人物は黒ずくめて無骨な印象の夜叉族の陣営にしっかり溶け込んでいたが、ファイは浮いていた。

むしろファイは阿修羅族といた方がしっくり来るのではないかと思う。

阿修羅族は皆すらりとした美しい姿をしていて、肌は白く瞳は金色だった。

中でも人間離れしてひときわ美しいのが阿修羅王だった。

城での阿修羅王は戦場での恐ろしい姿から想像ができないほど穏やかで優しく、王が動くたびに百合の花の香りがした。

髪にに飾った真っ赤な珊瑚と同じ色をした艶やかな唇が言った。

「遠慮なく、食べろ。」

言われるまでもなくモコナが毒味を済ませていた。



修羅の国は、水と緑に囲まれて、花と音楽にあふれた美しい都だった。

中でも二人が招かれた阿修羅城は天上の楽園ような場所だった。

豪奢な彫刻が施された白い柱が立ち並ぶ神殿造りの宮殿にはそこかしこに良い香りの花が咲き誇り、庭園には泉から湧き出る水が流れていた。

阿修羅王は食事の際に楽師を呼んで美しい音楽を聞かせてくれた。

サクラが琴を見つけて自分の国で弾いていた楽器に似ていると言うと、阿修羅王はリクエストした。

「ぜひとも演奏を聴かせてくれ。それは特別な楽器なのだ。」

ためらいながらも承知したサクラが琴を弾くと、阿修羅王はそれに合わせて舞を披露した。

阿修羅王は別名、舞踏王とも呼ばれる舞の名手だった。

この国には音楽と花のほかに美しい歌や舞があふれている。

阿修羅王の存在はこの国そのもので絶対的なもの、まさにカリスマだった。


「見事な琴の礼だ。」

すっかり上機嫌になった王の一言で、晩餐はそのまま酒宴へとなだれ込んだ。

美しい雅楽の調べと夢のような踊り。

モコナはひたすら食べて飲んで天上の至福を満喫した。

興が乗ったのか阿修羅王はさらに舞を披露して見せた。

雅楽に乗せては優雅に舞い、煽情のアルペジオには情熱的なステップで激しい恋情を踊り上げた。

慈愛、情熱、苦悩、願い、祈り

阿修羅城の使用人も楽師も倶摩羅も舞踏王の姿にうっとりと目を細める。


阿修羅王が纏う薄い衣がひらひらと揺れる様は、戦場での黄金の幻光を思わせた。

変わりゆくもの、移ろいゆくもの、この世に燃える炎の如く流れゆく時間に同じものは何一つない。

それでも変わらぬもの、失いえぬもの。

阿修羅の金の瞳は瞬間を切り取るかのようにきらめきを残す。


それは移ろいゆくものをその一瞬だけとどめてみたいという願い。

絵筆のひと刷きが描く光沢、あのつややかな記憶。

限りある生の儚い祈り。


舞踏王と琴で共演したサクラにはその想いが痛いほど伝わっていた。

阿修羅王が美しいのは心が美しいから。

そして胸が焦がれる程の想いはきっとあの黒い瞳の ―― 敵王に注がれているのだろう。



酒宴の途中、阿修羅王は側近の倶摩羅と明日の予定を確認した。

月の城の戦に出るまでのスケジュールはびっしり詰まっていた。

心配になったサクラが問うた。

「明日も早くから予定があるのですか?」

「まだよいではないか。今宵はまだ飲み足りないぞ。」

「あの、お休みにならなくても大丈夫ですか?」

「そなたは優しいのだな。」

王は心優しい少女の気遣いに微笑みを返した。

「では、踊り疲れて動けなくなったら、明日のために眠るとするか。」

そのやり取りを聞いていた小狼は言った。

「明日の戦に、おれも連れて行ってください。」

阿修羅王はきちんと装備をすることを条件に許可をして、明日一緒に小狼の戦の支度を整える約束をした。

「明日は、私の秘密を見せよう。」

そう言うと少年に向かっていたずらっぽく微笑んだ。

明日の予定が決まると、小狼もサクラも盛大に飲まされた。

月夜の晩の酒宴は夜通し続いた。
阿修羅王には ――ー容赦が なかっ た。

次へ
戻る