3.黒ファイ演繹 3-2 待ち人来る

夜魔の民は羅刹の帰郷に沸き上がった。

羅刹は10年前と変わらずに太陽のような男だった。

彼は強く、性格は大らかで万人に愛されていた。 

夜叉王の弟である羅刹は前王の正室の子で、兄である現夜叉王の耶摩は側室の子だった。

二人はとても仲の良い兄弟で、いつも一緒に鍛錬をした。

どちらが夜叉王の名を継ぐかという時に、耶摩は羅刹を次の夜叉王にと父親に進言した。

羅刹は正統な血筋であったし、民に愛される羅刹が王にふさわしいと思っていた。


しかし羅刹は兄の耶摩こそが夜叉王にふさわしいと思っていた。

幼いころから闘神と呼ばれる耶摩は自分よりも強かった。

誰よりも強い男こそが戦闘部族夜叉族の王にふさわしく、夜魔刀の主としてふさわしいのだ。


「兄者、俺は旅に出る。」


ある月の晩、羅刹はそう言い残して夜魔ノ国を去った。

いくら探しても羅刹の居場所は分からないまま月日は流れ、耶摩は羅刹の想いを受け止めて夜叉王の名を継いだ。




その二人の運命がまた、ここで交錯する。




羅刹は月の城の戦にも参戦して、鮮やかに指揮をとって見せた。

しかしやたらと黒鋼と衝突した。

戦の喧騒の中、二人は戦場で顔を合わせてれば先を争うようにして敵陣に突っ込んだ。

言い争いながらも鮮やかに切り崩す。

「てめぇ、余所でやれ、予定の布陣と違うじゃねぇか!」

「お前が手こずってるからかぶるんだよ。」

「なんだとコラ!!閃龍飛攻撃!」

「お前の技はいちいち派手すぎる。」

「黙れ!飛攻撃!!」

「うわ、やめろ。」

「昇竜閃!!」

次々と敵をなぎ倒しながらも言い争いは絶えない。

そんなとき、にらみ合う二人の鼻先をかすめるように魔法の矢が通り過ぎ、今にも襲いかかろうと剣を振り上げていた阿修羅族の戦士の肩を射抜いた。

振り返れば弓を構えた呆れ顔のファイがいる。

(しょうがないねぇ。君たちは。)



羅刹は動けなくなった敵に進んで止めを刺すことはなかった。

戦の目的は、月の城を制することであり、阿修羅族を滅ぼすことではないという信念はゆるがない。

また、戦況が芳しくないと躊躇なく退却を命じた。

この日は阿修羅王自らが前線に出てきており、多くの夜叉族の命が修羅刀の露と消えた。

阿修羅王の幻力が生み出す禍々しくも美しい黄金の炎に夜叉族の戦士はおそれおののき布陣は乱れてばらばらだった。

命を賭けた戦いであることに変わりはないが、今はその機ではないと羅刹は判断した。

「退けい!!」

黒い外套をひるがえして剣を空にかげた羅刹はちらと月の位置を確かめる。

「あと少し時間を稼いだら、全員無事に帰るぞ!退け!」

羅刹が目指す先には、暖かいランタンの灯が待っている。

蒼白な顔をしていた夜叉族の戦士は羅刹の高笑いにつられてひきつった笑顔を浮かべ、転がるように退却した。



黒鋼とファイは、それを見送ってしんがりを持とうと前線に残っていた。

すると、ついに現れたのだ。

満月の空から、二人の少女(?)が落ちてきた。

二人は戦士が逃げ惑う喧噪の最中、血濡れた修羅刀をひと振りする阿修羅王の足もとで身を寄せ合っている。

背後から月の光を浴びた炎の王は、四足の竜の上から二人の少女を見下ろした。

赤と金の衣は返り血に染まり、血の色のような紅い唇にはうすく笑みを浮かべている。

「なぜ、子供がこんな所にいるのだ?」

長い髪を三つ編みにした少女は、瞳に燃える炎の意思を宿していた。

もう一人の少女の澄んだヒスイ色の瞳は色のない戦場におよそ似つかわしくない。

その時月が天頂に届いた。

次元移動のように空間がが歪み戦場の喧噪が消えていく。

その中で二人の少女は敵陣からこちらを見ている黒鋼とファイの姿を見つけた。

「黒鋼さん!ファイさん!!」

三つ編みの少女が思わず身を乗り出して叫ぶ。


そして二人の子供は、恐ろしい姿の炎の王が、遠くに見える黒い瞳の王と見つめあう姿を見た。

その苦しげな姿は、ヒスイの瞳の少女の胸に焼きついて離れなかった。

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