2.黒ファイ演繹 2-8 ノスタルジィ
月日は流れるように過ぎていった。
ファイの庭には月見草やわすれな草といった小さな青い花が咲き、夜になればどこからともなくやってくる蛍火が揺れた。
二人は宵の口から月の城の戦場で共に戦い、家に戻れば縁側で杯を酌み交わした。
晩夏の午後を、清しい風の吹く川辺で過ごす事も多かった。
城下からしばらく水芭蕉の咲く畦道を歩いていくと目の前に渓流の河原が開ける。
この頃には黒鋼が夜叉城で剣術指導をすることはほとんど無くなっていた。
いつしか女官たちの猛アピールに辟易してしまった黒鋼は、夜魔の自然の中で指導を続けることに方針を変えたのだ。
鍛錬の場にこの河原を選ぶ時に限って、黒鋼は生徒たちに自主練習をさせた。
その間、対岸の岩場に胡坐をかいて座り、練習の様子を眺めながら釣り糸を垂れる。
ファイは寄り添うようにその隣に座った。
生徒たちは、ファイが来る事を喜んだ。
自分たちが求めれば魔法のような弓術を教えてくれるし、来るたびに差し入れを持って気遣ってくれた。
何よりも、ファイがふわりと微笑むと、みなが幸せな気持ちになれるのだった。
ファイは好きなように振舞っているかの様でその実いつも黒鋼を見ており、そばに寄り添い甲斐甲斐しく世話を焼く姿が見られた。
生徒たちにとって、美しい魔法騎士が仕える自分らの師匠はますますかっこよく見えた。
昔取った杵柄か、黒鋼は器用に魚を釣りあげた。
夜魔の豊かな清流に泳ぐ魚たちは、鱒、山女、岩魚、鮎、それに河鹿もいた。
ファイは水面に向いた黒鋼の横顔を見つめる。
切れ長のまなじりは涼しげで、水辺に佇む心は何かを懐かしむように穏やかで静かだった。
「どうかしたか?」
(なんでもないよ)
彼の持つ本来の力は水を統べるものなのかもしれない。
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「休憩してよし。」
黒鋼の一言で鍛錬を切り上げた子供らは、竹刀を放り出してはしゃぎ出す。
彼らはつるつるした平らな御影石を集め、水面に向かって一斉に放っては石が跳ねる回数を競った。
その遊びは、それまで対岸に座り、じっと動かなかった太公望の逆鱗に触れた。
「てめぇら余所でやれ!魚が逃げるじゃねぇか!!」
「あっ、すみませんっ!」
繊細な渓流魚たちはむしろ黒鋼の声の方に驚き、ぱっと岩陰に消えてしまった。
そのやりとりにファイはくすくすと笑った。
キラキラ光る水面を写して、いつでもめいっぱい生きている黒鋼の姿が眩しい。
こうして闇は晴れていくのだろう。
そして魔術師は心の中で願いと祈りの呪文を唱える。
“ 君の心に 清流が戻りますように―― ”
光を浮かべて流れる水の 明日の行方は知らねども
水に映した二人の姿 消えてくれるないつまでも
たゆたう水面をさらって吹き抜ける風が、夏の夕暮れの匂いを運んできた。
異郷の地で、穏やかな故郷の風景に想いを馳せる。
今では 金色の風が 側に在る。
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