2.黒ファイ演繹 2-7 花咲く笑顔の君
翌日の剣術の稽古は、町はずれの林を抜けた先にある高台の野原で行った。
黒鋼がファイを引きずって連れて来ると、子供たちは大喜びだった。
黒鋼は、以前から子供たちに「ファイに会わせてほしい」とねだられていたのだ。
ついに彼らの前に現れた弓の名手は、ハンサムですらりと背が高く、どこから見ても完璧にかっこいい。
中には週刊摩賀二庵にサインを求める子供もいた。
ファイは、摩賀二庵に連載中の大人気冒険ファンタジー「魔法騎士 宇院多夢」の主人公にそっくりだった。
美貌の騎士宇院多夢は、風を自在に操り光の弓を放つ。
黒鋼はやたらキラキラしたこの漫画が好みではなかったが、言われてみれば、確かに似ている。
ファイは行く先もわからずついて来たことを後悔した。
彼には消せない心の傷がある。
それは愛する人を死に至らしめ、国まで滅す不幸の呪い。
この次元にいつまで滞在するか分からない不安から、なるべく夜魔ノ国の人々とは関わらないように過ごしてきた。
そのために口がきけない設定はおあつらえ向きだった筈なのに。
特に子供との関わりは避けたかった。
彼らには遠慮が無い。
(・・・台無しだよ。)
恨みがましい視線を向けると、黒鋼はわけもわからずサインをさせられるファイを見て肩を揺らして笑っていた。
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この日の鍛錬メニューは、二人組になっての乱取りだった。
子供達の剣技は、さすが戦闘部族の選抜クラスだけあって目を見張るものがある。
しかしファイは暑さに耐えられず、夏ミカンの木陰でぐったりしながら薄目で練習の様子をみていた。
生徒たちは黒鋼を尊敬していて、熱心に竹刀を振るっている。
でも一番熱いのは、彼らに混じって檄を飛ばして立ち回る黒い忍者だっだ。
離れたところで休んでいても、大きな声は耳にびりびり響いてくる。
子供が良い太刀を見せた時、黒鋼はとても満足そうな顔をする。
お褒めの言葉は「まあまあだ」だろう。
しかし、その後には容赦なく叩きのめしているところに性格が表れている。
きっと「まだ甘い!!!」などと言っているに違いない。
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「よし。まあまあだな。休憩にするぞ。」
黒鋼の一声で休憩時間になった。
木陰に入り、お茶を飲みながらみんなでファイの作った焼き菓子を食べる。
「すごく美味しいです!」
子供たちが大喜びで手づくりのスイートポテトを食べたので、あっという間に残りは一つになった。
すると子供の一人が気付いた。
「あ、黒鋼先生がまだ食べてないですね。」
「俺は、要らねぇ。お前らで食え。」
そのやり取りの様子にファイが気付いて、最後のスイートポテトを無言で黒鋼に差し出す。
(黒様、た・べ・て。)
「要らんと言ってるだろうが!!」
怒鳴られたファイが演技じみた悲しい顔を見せると、子供たちが一斉に騒いだ。
「ファイさんがせっかく作ったのに食べないんですか?」
「ファイさんがかわいそうです。」
「黒鋼先生の分ですよ。」
「黒鋼先生食べてください。」
「…。」
黒鋼は食べざるを得なくなった。
やけ気味になって焼き菓子をつかみ取ると一口にほうり込む。
(甘ぇ!!!)
ほとんど噛まずに飲み込んだ黒鋼は涙目になっている。
ファイは喉の奥でくっくと笑った。
こうしてすべての焼き菓子を平らげた子供たちは、礼儀正しく言った。
「ファイさん御馳走様でした!!」
ファイはすぐに理解して、少しぎこちなく笑い返した。
どうやらお礼を言われたらしい。
(君の生徒はどの次元でも素直でかわいいんだね。)
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そのうち子供の一人が弓を持ってやって来た。
「ファイさんは弓の名手だと聞いています。
弓術の手本を俺達に見せてもらえませんか?」
自分に弓を見せてくれと言われているようで、困ったファイはちらと黒鋼を見た。
腕を組んだままの黒鋼は、意地の悪そうな顔で笑って見せた。口の端から尖った犬歯がのぞく。
「見せてやれよ。減るもんじゃねぇんだし。」
師匠の許しが出た為、生徒たちは沸き上がる。
「俺も見たいです!」
「お願いします!!」
ファイは弓を引いて見せるしかなくなった。
(…分かったよ、はぁ。)
ファイは中近距離用の小ぶりな弓を受け取ると、5本の矢が入った矢筒を背負った。
平坦な野原を見まわして的になるものを探す。
そして、皆のいる場所から少し歩いてからくるりと振り返り、木陰にいる生徒たちと向かい合う位置に立った。
そこで弓をつがえると、すぅと上を向いて風の声を聴く。
運ばれてくるのは緑の匂いと鳥の声。
正面に向き直ったファイが狙いを定めてきりりと弓を引くと、矢じりを向けられた子供たちは射すくめられたように息をつめる。
金の髪が揺れて、子供たちの頭上を疾風が通り抜けた時、上からごろごろと丸い何かが落ちてきた。
――大きな夏ミカンが5個。
「信じられない!!」
「魔法みたいだ!!」
子供たちは驚きを隠ず、見たこともない早技に大騒ぎになった。
黒鋼は休憩を仕舞いにしようと立ち上がり、騒ぎを収めにかかった。
「そうだ。こいつは胡散臭い魔法を使う。だからお前らは鍛錬あるのみ…」
「やっぱり魔法なんですね!」
黒鋼の言葉は逆効果だった。
興奮した生徒の一言につづいて、みなが一斉にファイへ殺到した。
「ファイさんの魔法が見たいです!!!」
「お願いします!」
「風の魔法を見せてください、ウィンダムさん!!」
何かを期待され、もの凄い勢いで迫られて、ファイは本格的に戸惑った。
黒鋼に縋るような視線を送る。
(黒様、何だって言ってるの?)
黒鋼は腕を組んだまま、気まずそうにファイから目をそらした。
(・・・自分で何とかしろ。)
(・・・・・・。)
魔術師は覚悟を決めた。
神妙な顔でうなずくと手のひらを子供たちに向けて制し、彼らを大人しくさせる。
そして流れるような仕草で空に高く指をかかげて、ぴぃと澄んだ口笛を吹いた。
すると、ざぁと風が吹いたあと、どこからともなく沢山の鳥が飛んできた。
色とりどりの羽根をもつ鳥たちは魔術師の周りに集まると、その指先や肩先に止まってさえずった。
「す ご い ・・・!」
一瞬の間をおいて、子供たちの瞳が輝く。
彼らが跳びはねるようにしてファイに駆け寄り抱きつくと、小鳥たちは驚いて空に羽ばたいた。
ファイはひまわりみたいな子供たちの笑顔に、不思議な既視感を覚える。
それはあの幸せな夢に似て、閉ざした心を暖かくしてくれた。
魔術師は子供たちの顔を映す鏡みたいに、花咲く笑顔で笑い返した。
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黒鋼は少し離れた場所から複雑な面持ちでその様子を見ていた。
子供たちに揉みくちゃにされて本当に楽しそうにしているファイの笑顔は、傾いた午後の日差しのせいで少し眩しい。
(そんな顔で笑えたのかよ。)
ファイが黒鋼を振り向いて、ふわりと花が開くように微笑んだその瞬間、
時が止まって、胸のあたりに締め付けられるような息苦しさを感じた。
(・・・何、だ?)
黒鋼は無意識に、左手を口元にあてがう。
(あの甘い焼き菓子のせいで――胸焼けがしたらしい。)
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やさしい王子様にかけられた呪いがとける日は、もう少し先の事。
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