2.黒ファイ演繹 2-6 甘いもの
夜叉城から家までの帰り道に、黒鋼はファイの振舞いを思い出し、再び腹を立てていた。
ファイは戦場で自殺行為のような大暴走をして、黒鋼の最も嫌う「死にたがり病」を見せた。
こんなに遅い時間になってしまったから、おそらく先に寝ていることだろう。
むしろそちらのほうが好都合だ。
顔も見たくない!!
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予想に反してファイは満面の笑みで玄関まで迎えに出てきた。
(おかえり、黒様〜。)
家の中には耐えられないほどの甘い匂いが立ち込めているので黒鋼は眉をひそめた。
(コイツまた何か妙なものを作ったらしいな。)
「夜叉王からの土産だ。」
黒鋼は不機嫌な様子で預かったガラスの瓶をファイに押しつけた。
「今日は付き合わねぇからな。飲むんだったら勝手にやれ。」
疲れの原因が目の前でにこにこ笑っている事でさらに疲れを感じる。
さっさと風呂に入ってとっとと眠ってしまいたかった。
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遅くに帰宅したにもかかわらず、風呂はちょうどいい湯かげんに準備されていた。
汚れも疲れもさっぱり洗い流して居間に戻ってくると、すかさず黒鋼好みの熱い緑茶が出される。
お茶受けには何かの焼き菓子がついてきた。
「なんだこれ?この前のサツマイモか?」
(スイートポテトでーす。)
「甘いもんなら食わねぇぞ。」
部屋中に立ちこめる匂いからどれだけ甘いか想像がつく。
ファイは少し残念そうな顔を見せた。
(ちゃんと、黒様の分は甘さ控えめに作ったのになー。)
土間の方を見やると、籠の中に山のように焼き菓子が積まれているのが見えて、黒鋼はぎょっとした。
「お前、まさか全部を菓子にしたのか?」
(無理しなくていいよ。大家さんや王様におすそ分けするから。)
さみしげな表情のファイを見た黒鋼は、ちょっと焦ってなにかいい方法はないかと考える。
「お前、明日これ持って剣術の稽古に来い。分かったな。」
(???)
「決まりだ。」
こうして明日の昼間の予定が確定した。
黒鋼はお茶を飲み干すとさっさと自室に引き上げてしまったので、ファイも片づけをして眠ることにする。
(よくわからないけど。お疲れ様、黒様。おやすみなさーい。)
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自室に戻った黒鋼は「週刊摩賀二庵」を読むこともなく、習慣の鍛錬だけ済ませて布団に入った。
布団はしっかり日に干されていて、疲れた体を包み込むようにふかふかだった。
魔術師には、血なまぐさい戦場で戦うよりも、甘い菓子でも作っているほうが似合いだと思う。
こうして黒鋼はファイを許してしまう。
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