SS #3  諏倭の国再建物語 〜 愛の結界〜 中


裏山へ墓参りに行き、散歩がてらに山菜を摘んで来るのが毎朝の諏倭姫の習慣だった。
屋敷に戻ると一旦祷場に入り、それから領主と一緒に朝食をとる。二人はこの時間にお互いの予定を確認していた。
「今日は午前中からみんな集まるんだよね。雨が降らなくてよかった」
「ああ。そうだな」
この日は領主館で諏倭の新生忍軍結成のための会合がある。
「でも、急に忍軍を結成するだなんて驚いたな。今の諏倭は平和なのに」
目下の敵は里を荒らす大イノシシ位なものだ。それに万が一隣国が攻めてこようとも、領主がいれば一個連隊くらい一閃で吹っ飛ばせるだろうと諏倭姫は思う。草薙も護刃も相当に強い。
「準備ってのは何もねぇうちにやっとくもんだ」
そう言って領主は味噌汁を飲み干した。
結界はファイの魔力で守られているものの、相変わらず諏倭領地周辺の魔物は危険だった。
そして、領主は何よりも、結界を護る巫女の負担を少しでも減らしたいと考えていた。
「そんなもんかなぁ」
と、ひとりごちた諏倭姫はちらりと領主を見やった。今日の彼は朝からとても厳しい顔をしている。昨日、次元の魔女は、近々この地に来ると言っていた。つまり、彼に早めに話さなければならないのだが、この様子では今日の会合が無事すんだ後の方がよさそうだった。

数刻後、一番乗りで草薙がやってきた。
「まだ、早かったか。先に上がって待たせてもらうぜ」
帯剣を解いた草薙は勝手を知った様子で座?に上っていった。
草薙は、領主が巫女を連れ立って諏倭に戻って間もない頃、護刃と一緒にこの地にやってきた。同郷で恋仲だった二人は結婚を両親に認められず、一途な性格ゆえに駆け落ちしてきたのだった。
時を開けずに正義がやってきた。もともと諏倭の生き残りである正義は、故郷の再建にあたって両親を隣国に残したまま駆け付けた。何とか人が住めるまでに諏倭が復興した今、そろそろ家族を呼び戻したいと考えている。領主は幼馴染でもある彼を信頼していた。

その後も数人がやって来た後、しばらくしてから騒がしい数十人の団体が現れた。
「FOWOOO!!」
「わりィ、最後になっちまったかな?」
彼らはリーダーの笙悟が率いるチームである。もともと流れものの盗賊団だったが、諏倭付近で厄介な魔物に襲われていたところを領主の地竜陣円舞の一撃で助けられ、そのまま諏倭の里に居ついてしまったのだ。今となっては、リーダーの笙悟以外のメンバーは熱心に田畑を耕している。領主と笙悟の二人は酒豪なので、よく一緒に酒を飲み、互いの旅の話をした。

領主館に集まった一同は、広間に揃って座った。
上座に座る厳しい顔の領主の隣には、にこにこ笑う諏倭姫がいる。
巫女装束に身を包む彼の姿は神々しいほどに美しい。
金色に輝く髪は、一つに束ねられてほっそりした首にかかる。
その肌は透けるように白く、目は澄み渡る空のように蒼かった。
元盗賊団メンバーの視線は自然と諏倭姫に注がれ、それを見た領主の顔がさらに険しくなったところで、草薙が咳払いをして言った。
「定刻だ。始めるぞ」

ここで領主は、忍軍結成の目的を手短に話し、その運営方法を具体的に説明した。領主の言葉は明快で伝わりやすい。
領民から異議が唱えられる事は無く、案件はすんなり決定した。
「これからの諏倭を守るために、俺らで一肌脱ごうじゃねぇか!」
「WAFOOO!!」
なぜか最後は笙悟が仕切って、諏倭忍軍がここに決起した。

その時、広間にいた全員が、空気が重々しくゆれる違和感と鋭い耳鳴りを感じた。
一同の視線が一斉に向けられた庭先には、空から空間のゆがみが落ちてきた。
地面にたどり着いた銀色の塊がはじけて消えると、そこには、庭に咲き誇る紫陽花を背景に、長い黒髪の女が立っていた。
昇竜のシルエットが染め抜かれた淡い色の着物の上に、高い位置に留めた漆黒の帯を長く垂らした艶麗な女は、けだる気な視線を領主と諏倭姫に向けて、紅い唇で笑みの形を作った。
「お久しぶり」
不敵に微笑む相変わらずの仕草。諏倭姫は絶句した。
(いくらなんでも早すぎるよぅ!)
領主の表情が一層険しくなった。髪がいつもより余計に逆立っている。
「魔女か?一体なにしに来やがった?」
「あら、ご挨拶ね。黒鋼。ファイからは何も聞いていないのかしら?」
一同の目が一斉に諏倭姫に注がれた。
「お前が呼んだのか!?人の知らねぇところでこそこそと!」
「く、黒様、待って、違うんだ。これから話そうと思って・・・」
次元の魔女は相変わらずの黒鋼とファイの姿を見てくっくと喉の奥で笑った。計算通り早く来すぎてしまったようだ。
「まぁ、立ち話もなんだから座って話した方がいいんじゃないか?」
草薙が助け舟を出した。いつもなら良く気の付く諏倭姫は領主に睨まれて固まっている。
「此処でいいのよ。今日はちょっと寄っただけだから」
次元の魔女が目を閉じて諏倭の空気を吸い込む。
「久しぶりに来たけれど、やはりなかなか良い場所ね。特に水が素晴らしいわ」
「だろ!?俺もそこが気に入ったんだ」
笙悟がうれしそうに乗っかった。
諏倭の領地の近くには大きな湖があり、そこに清浄な水を注ぎ込む渓流が流れている。
数多の国を流れてきた笙悟にとっても諏倭の領地を流れる水の美しさは他に類を見ないものだった。
「ところで、どんな用事でいらっしゃったんですか?」
正義が礼儀正しく問いかけると、次元の魔女はよくぞ聞いてくれたという顔をして、領主夫妻を見た。
「あたしもそれなりに忙しいのだけど、実を言うとここに来た理由はね」
諏倭姫が青くなる。
「この二人が子作りしたいって言うものだから・・・」
「FUWOOOOOOOOO!!」
元盗賊団(現農夫団)がはやし立てた。
これに我慢ならなくなった領主は、銀竜に手をかけて庭に躍り出た。
「てめぇ、余計なお世話だ!こいつが相談したのかも知れねぇが、そんなこたぁ俺らの問題だ」
「その通りね。でも、既に対価を頂く約束もしてしまったのよ」
領主が勢いよく振り向いたので諏倭姫はさらに勢いよく首を振った。
(オレじゃありません!)
だとすると領主に思い当たることは、ひとつしかなかった。
(またか・・・)
「領主、まぁ、落ち着いてくれ。・・・ところでそんな方法があるのか?その、男同士で子供を作るなんて」
庭に降りた草薙が割って入った。
「あるわ。二人の写身をつくるのよ」
次元の魔女は冷めた声色で答えた。
「――断る」
落ち着きを取り戻した領主が、きっぱりした口調で言った。
「それが黒鋼の答えね。ファイは、どうなの?」
次元の魔女が提示した方法はファイの予想から外れていなかった。
「それでも、オレは、望みます」
「馬鹿言うな。写身がどんなもんかお前も知ってる筈だ」
彼らが知っている写身は、困難きわまる運命に翻弄された。それでも、周りの人々の願いの強さに助けられ、苦難を乗り越えて幸せになったのだ。
「うん。知ってるよ。・・・だから、あきらめられないんだ」
語気を強めた諏倭姫を、領主はさらに厳しい口調で諭そうとした。
「俺ぁ反対だ。子供ってのは授かりもんだろ。普通ならありえねぇそんな方法で・・・」
「普通ってなにさ!」
諏倭姫は足袋のまま庭に躍り出ると領主の手から銀竜を奪い取った。
「オレだって授かりものだと思うよ。だからこそ生まれてくる子供に、この土地を、みんなの笑顔を、見せたいんだ」
その勢いで庭の中央に銀竜を突き立てて叫んだ。
「オレは願う。みんなで作るこれからの諏倭と共に、自分たちの子供を育てたい!」
――時が止まって、誰もが言葉を失った。
数秒の空白の後、我に返った諏倭姫は、周囲との温度差に戸惑い、頬を染めて俯いてしまった。
「・・・ごめんなさい。結局のところはオレのわがままなんです」
そして領主を見て、とても小さな声で言った。
「それでも・・・どうしても欲しいの・・・。黒様の子供が」
諏倭姫に見つめられた領主が言葉に詰まる。
「・・・」
結局の所、彼の願いを振り切ることなど出来ないのだ。


領主がようやく腹を括ったので、次元の魔女は具体的な方法について説明し始めた。領主館に居合わせた一同も揃って魔女の話に聞き入った。
「子供は、二人の心も躰も写して一人分にするわ。だけどこれはそんなに簡単な事ではないの。
黒鋼、ファイ。あなたたちは、数多の世界で巡り合い、惹かれあう。けれども、あなたたち自身が子供をもうけるのは本来自然なことでは無いわ。あたしも気軽に請け負う気は無いし、少しでも迷うようならやめておくことね。だから、今回の事は、時間をかけてやった方がいいのよ」
「何をやるんだ?」
領主が訝しげに聞いた。
「これから毎月、満月の夜に、この地で愛し合いなさい」
「あぁ?」
「愛し合うっていうのは、具体的にいうと『夫婦の営み』の事、ね」
「・・・」
夫婦が互いに真っ赤になったので、笙悟は背中がかゆくなった。そっぽを向いまま領主が聞いた。
「何の意味があんだよ?」
「二人の想いがゆるぎない事を確かめる儀式のようなものよ。その中で子供の事はどんな風にしたいかをよぉく考えて、願いなさい。
その想いが結晶になる程にね。いいかしら?」
いまいち腑に落ちない様子の領主と俯いたままの諏倭姫が、それでも同意したので、魔女はあでやかに笑った。
「では、仮契約成立ね」
「それから――人の命は、浮かんでは消える水面の泡沫のようなもの。すべてはいのちの河を流れる縁に繋がっている。だけど写身は自然の理とは違う方法で生まれてくるわ。だから、生まれてくる子供には、あなたたち二人だけではなく、この領地に住まう人々みんなで愛を注いであげなさい」
次元の魔女は辺りを見回した。諏倭の結界はファイの魔力によって結ばれているが、先人の想い、領民の願いが結界をより強固にしていた。魔女はこれを確かめる為に次元を渡って、この時この場所にやってきたのだ。
「まぁ、特別なことは必要無い様ね。では、あたしはそろそろ失礼するわ」
地面に魔法陣が浮かぶと、虹色の光に包まれる魔女に向かって諏倭姫が言った。
「魔女さん、もう少しゆっくしていけませんか?」
「ありがとうファイ。でも、あいにくこれから『デート』なのよ(喜)。二人の願いが叶う頃に、また来るわ」
次元の魔女は、巫女装束に身を包む青年にエールを送る気持ちで笑いかけると、時空のはざまに消えていった。
“あなたが選ぶ未来に幸多からん事を ”



季節は巡る。
本格的な夏がやって来る頃、新生諏倭忍軍は稼働を開始した。領主館の庭では、満開のヒマワリと蝉の合唱に見守られ、鍛錬に励む忍軍メンバーの姿が見られた。

「甘ぇ!テメエらそんなんで盗賊団名乗ってやがったのか!?」
「ひぃ!」
「・・・今はしがない農夫です」
鍬を持つ手を刀に替えた農夫団は、肌をジリジリと焦がす灼熱の陽射しの中、鬼のシゴキに耐える日々を過ごし、忍の道を体で覚えていった。

秋。金色に染まった稲穂は豊かに実り、諏倭は稲刈りの時期を迎えた。農夫団は初めての収穫に湧き上がった。
「FOWOOO!!」
なぜか、リーダーの笙悟だけは納屋に籠って秘密の作業を続けていた。
この頃には、これまで里を騒がせていた暴れイノシシのセイシロウもぱったり姿を現さなくなった。実りの秋にようやく探し物が見つかったのかもしれない。時を同じくして、領民の飼いイノシシが行方不明になっていた。
諏倭の湖の周りでは燃え立つような紅葉が見ごろを迎え、領民は紅葉狩りを楽しみ、恋人達は白樺の湖畔をそぞろあるいて愛をささやいた。
また、新しい諏倭で初めての子供である草薙と護刃の娘の誕生を、領民全員が手放しで喜び、祝った。草薙はこれに男泣きで?えた。

冬の諏倭は真白な雪と静寂に閉ざされる。
領主が遠征先の隣国から戻ってきた晩のこと。寝間に漂う白梅の香りを見つけた領主は、窓際に座って雪明かりの庭を眺めていた。
今宵は満月。
気配を感じた領主が振り返ると、静かに戸を開けて諏倭姫が入って来た。
数日間離れていただけなのに、彼の姿を間近に見ると心が波立つ。
「黒様が出かけてる間に咲き出したんだよ、梅の花。部屋の中まで香りが入ってくるから、すぐに分かった」
そう言って綺麗に笑った諏倭姫は、主人の傍らに膝を折って座った。
ふわりと漂う甘い匂い。
「そうだな」
冷えた部屋に暖を入れようと火鉢に伸ばされた手に領主の手が触れた。

銀世界からの月光がひんやり射しこむ寝室で、可憐な白い花を抱き寄せる。
目を閉じて感じ合うのは、重なる唇の柔らかさと甘く絡まる舌の感触。

冷たい褥に組敷いて、奥深くまでほどいていくと、交わす吐息は互いに乱れて重なった。
首に回っていた手が、逞しい肩からわき腹へと辿り、腰のあたりに伸ばされたので、それに応えて体勢を入れ替える。
細い腰を引き寄せて、すっかり絆された場所へと押し入った。
体の芯が痺れるような熱に、溺れる――。

深く深く繋がって、揺れながら抱きしめ合う。
汗ばむ素肌のすべらかな感触。からだの奥深くに拡がる甘い快楽。
押し寄せる波に任せてすべてを手放してしまうと、そこは真っ白な静寂の世界。
月が作った二人の影は、一つに重なりしじまに溶けた。

心に凪が訪れると、二人は近い未来を思い描いた。
腕枕越しに領主の顔を見上げた諏倭姫が甘えた声で言う。
「ねぇ黒様、子供が生まれてもオレ達、今までと変わらないと思うな」
領主は肩越しに視線を返した。
「何故そう思う?」
頬にかかった髪を優しい指で梳いてもらえるのが嬉しくて、諏倭姫は目を閉じた。
「だってオレ達、旅の間もずっと、お父さんとお母さんだったからねぇ」
次元を渡る旅の間、黒鋼とファイには、共に心から守りたいと願った子供たちがいた。
純真でまっすぐな少年と少女。心優しい魔法生物。
側にいるだけで心があたたかくなる大切な存在と一緒に過ごした時間の中には、二人が共通して持っている家族のイメージがあった。
「じゃあ、親になる心配は要らねえな」
そう言って少し笑った領主は、諏倭姫の顎をすくって愛おしげに口づけた。
子供は、無事に生まれてくれさえすればいい。それでも、腕の中の愛しい人にどこか似ていてくれたら、やっぱり嬉しいのだろう。
甘く見つめ合う紅と蒼の瞳。
再び愛し合う二人の姿を、月だけが見ていた。

春を告げる花の香りに包まれて、交わした想いは、いのちの河に溶ける――。
つづく

♪ありがとうございました♪

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