#16-5 エイプリル・ラブ・フール

◆職員室(朝)

翌日、4月1日の朝。
理事長の壱原侑子の登場とともに、あわただしくざわついてた職員室の空気がぴりりと引き締まった。
「みなさん、おっはよ~う」
体のラインに沿ったボルドーのスーツを纏った理事長は、艶やかな笑みを浮かべた。

新年度は理事長の挨拶から始まった。
「今年度も我が堀鍔学園は、季節の学校行事を盛り上げることに全力を注ぎます。学問にいそしむのもよし、スポーツに励むのもよし。た・だ・し、志気を遠大にして常に進取を図るには、なんといってもメリハリが必要!時には平和を乱すような遊びゴコロも忘れずに☆ということね」
教員達は真剣な表情で話に聞き入っている。黒鋼は、もはやいちいち突っ込むつもりも無い。
「さて、ご存じのように、物事は始まりが肝心です。4月1日の今日は、気持ちも新たに、生徒達へのお手本となる行動を期待しています」

滔々と流れる言葉をよそに黒鋼は隣の席を見遣った。
そこにファイの姿は無く、机の上には一切物がない。
そのことを気にとめる同僚が誰ひとりいない事に胸騒ぎを覚える。

話が、新任教師の紹介に移った。
理事長から促されて前に進み出た小柄な男がぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、斎藤正義と申します」
「斎藤先生には、今日から、ファイ先生の代わりに化学のクラスを担当して頂きます」
(何だと!?)
黒鋼は思わず立ち上がった。
「おい、ちょっと待て。あいつの代わりってのはどういうことだ?」
凄みのある低い声。教員たちの間に緊張が走る。
「あら、黒鋼先生は知らなかったのかしら。では、もう一度言うわ」
侑子は、悠然と微笑んだ。
「ファイ先生は、家庭の都合により、堀鍔学園の教師を辞めました。イタリアに帰って叔父様のビジネスを手伝われるそうよ」
(!!!)
不意打ちで面を食らったような衝撃に黒鋼は顔色を無くした。
(あいつが、教師を辞めてイタリアに帰る・・だ と!?)
侑子が声のトーンを落として続ける。
「そうね・・私たちにとっては、とても残念なこと。でも、ご実家の事情があって、引き留めることはできなかったの。
あまりに急な話で何もできなかったけれど、今は、ファイ先生の未来に幸あらんことを願いましょう」

「ふざけんな!俺ぁんなこと何も聞いちゃいねぇぞ!!」

「あら、何か手違いがあったのね。だけど、個人的な話は後にしていただけるかしら」

黒鋼が言葉に詰まると、ファイの席を挟んで反対隣りに座っている同僚が目を伏せたまま言った。

「何も言わないで旅立つなんて、ファイ先生は、黒鋼先生との別れがよほど辛かったのでしょう・・・」
心苦しさからかセリフは棒読みだった。

ファイ。
昨日は確かに教員宿舎で会った。

「――あいつは今、どこにいる?」

「今頃空港に向かっているはずよ」

ちらと腕時計を見た侑子は、カメリアのコサージュを飾った胸元のポケットからメモを取り出すと、黒鋼に差し出した。

成田発、ローマ・フィウミチーノ空港
そこには、午後一番の便の時間が記されていた。

「今からならまだ、間に合うかもしれないわね」

理事長の手からメモを奪い取った体育教師は、職員室を飛び出した。




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黒鋼は走った。
学園からほど近い宿舎まで戻り、自転車を乗り捨てて車に乗り替える。
エンジンをかけて、ナビの起動を待ちながら携帯電話を取り出すと、ファイの番号を呼び出した。
もう使われていないかもしれないと思いつつも発信すると、何度目かの呼び出し音の後に留守電に繋がった。
努めて抑えた声でメッセージを残す。

「今からそっちに向かう。聞いたら、すぐに折り返せ」

ファイが、イタリアに帰る。
自分には何も告げずに?

運転しながらも、信号待ちの度に気持ちがせいた。
高速に乗ってからは、流れる車の間を縫って加速した。
このまま順調に走れば、空港まであと一時間。

直接本人から理由を聞くまでは、どうにも納得ができないのだ。

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ありがとうございました(^v^)
次回で終わります。

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