#16-3 エイプリル・ラブ・フール

◆職員室(夜)

部活指導を終えた黒鋼が職員室に戻ると、年度末の忙しさからいつもより多くの教員が残って仕事をしていた。
黒鋼の机の上にも付箋を貼った書類が積み上がっている。
終業時にはなかったはずのものだ。
(どいつもこいつもぎりぎりになってから寄越しやがって・・・)
今週は入学式の設営などで、まとまった時間が取りにくい。
今晩のうちに事務作業を片付けてしまうことに決めて、デスクのライトを付けた。


黙々と作業を続ける黒鋼に対して同僚が一人二人と声をかけて帰っていく。

一息ついたところで机に置いた携帯を見ると、今のところ着信は無かった。
これまでであれば、黒鋼が予定外の残業をしていると大抵ファイからのメールが届いていた。

"黒様先生、部活お疲れさまー。今どこにいるの?何時頃帰れそうかな?早くしないとシチューが冷めちゃいますよー♡"
"残業だ。小一時間で終わる"
"うゎあ大変だねー(*´д`*)
 じゃあオレ、黒様が戻ってくるまでテレビでも見て待ってるから一緒に晩御飯食べようね☆
 PS:リモコンが見あたらないよ。どこにしまったの?"
"自分の部屋に帰れ"

そんなやり取りの後も、人の部屋でくつろいでいるらしいファイから用件の無いさえずりのメールが断続的に送られて来たがもちろんフォローはしない。


黒鋼が仕上げると決めた作業をやり上げた頃、職員室には他に誰もいなくなっていた。
それでも何かと横やりの入ることの多い堀鍔学園の仕事の中で、この時間はかなり集中できた。ファイからのメールも無かった。
おかげで仕事の量からすれば、比較的短時間で片付いたと言えるだろう。


デスク周りを整理しつつ、いつもなら雪崩をおこしている隣の机がきれいに片付いていることに気づく。
隣の化学教師の机の上は、仕事に必要な事務用品以外に、アニメや特撮キャラクターのフィギュア、怪しげな実験器具、ぬいぐるみ、お菓子、漫画などであふれかえり、日常的に両隣を侵食していた。
黒鋼は黙ってそれを向こう岸へと押しやっていたが、反対隣りの同僚は遠慮がちにしていた。
"ファイ先生、これ、とっても可愛いんですけど・・・ちょっとだけよけてもらえませんか?"
"あーっ、ごめんなさ~い!じゃあこっち側に置かせてもらおうね。黒様先生の机、きれいだけどちょっと寂しいから~"
ひょいとつまんだ青い犬のぬいぐるみを黒鋼の机の上に移動させたファイに、問答無用で段ボール箱を押しつける。
"他人に迷惑かけんな。片付けろ!!"
片付けさせては持ち帰る。
そんなことを何回繰り返しただろうか。

化学教師はいつも大体そんな調子だった。周りに許されてへらへらふわふわと生きているようにみえる。
ただ、彼には許されるだけの理由もあった。
ファイは、堀鍔学園の中でも特に人気がある教師で、生徒達がファイの授業を楽しみにしていることは黒鋼も知っていた。
誰にでも分け隔てなく明るく振る舞えるのは長所と言えるだろうし、奇怪な行動ばかりが目立つようでいて、ときどき頼りになる一面を見せることもあった。
困難な問題に直面して誰もが迷った時に、思いもよらない方法で解決してしまうのが彼だった。
だからと言って、いざという時に頼れるかどうかは、あやしい。
しかし居るだけで周囲の空気を和やかにするファイの存在に、黒鋼自身が助けられているのも事実だった。

黒鋼は殆ど物が無いファイの机を見た。
人間はこんなに急に変われるものだろうか。

"えへへー"
ふにゃりと笑う顔。
ここしばらく、見ていない。





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ありがとうございました(^v^)
つづきます。

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