#16-2 エイプリル・ラブ・フール
◆学園風景
体育教師は不機嫌だった。原因は日頃その理由の大半を占めている化学教師によるものだったが、今回ばかりは勝手が違った。
朝。
部活の朝練を終えて職員室の自席に戻った黒鋼に対して、隣に座る白衣の男は目も合わさずに言った。
「――おはよう。黒鋼先生」
「・・・」
昼休み。
"くろたんせんせー。今日のお弁当は、愛情たっぷりの○○でーっす!!(はぁと)"
という連日の押しかけ弁当攻勢が、無い。
午後の体育の授業。
この時限であればいつもなら、グラウンドに面した化学準備室の窓には黄色い頭が見えた。
窓際に頬杖をついたファイと目が合うと、彼はひらひらと手を振って、ふわりと笑って見せた。
この日、誰もいない窓辺には、カーテンだけが揺れていた。
これまで体育教師が煙たがってきた化学教師からのアプローチは、このところ嘘のようになりを潜めている。
これまでとうって変わってよそよそしい態度をとられる事に苛立つ自分を、黒鋼は認めたくはなかった。
それ故の不機嫌なのである。
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自分の店を始めてからも引き続き、ユゥイは堀鍔学園の調理実習を担当していた。
この日もクラスは盛況で、実習が終わった後も講師への質問は途切れない。
ユゥイにとっても、自分が大切にしてきた料理を子供たちと共有できる時間はプライスレスなのだ。
生徒を次の授業に送り出した後、手早く帰り支度をすませて時計を見ると、ディナータイムの開店準備には少し急いだ方がいい時間になっていた。
非常勤講師用の日誌を届けるために職員室へ向かう途中、廊下を足早に歩いていたユゥイは、偶然体育教師の黒鋼に会った。
「こんにちは。黒鋼先生」
いつも通り近寄りがたいオーラを発している体育教師とそれ以上の会話をするつもりもなく通り過ぎようとすると、意外にも黒鋼の方から呼び止められた。
「おい」
「なんでしょう?」
長身のユゥイからも見上げる位置にある不機嫌そうな顔に営業用の笑顔を向ける。
「お前、最近あいつに会ったか?」
「あいつって、ファイのことですか?」
黒鋼はわずかに頷いた。
それ以外いねぇだろうとでもいいたげな肯定のしぐさが、ユゥイからは顎をしゃくったようにしか見えない。
「ファイとなら、昨日も一緒に食事をしましたけど」
「なんか、変わったことはなかったか?」
「別に、無いと思いますけど・・・どうかしたんですか?」
黒鋼は居心地悪そうに理由を話した。
「最近様子がおかしいから気になってな。うちに押し掛けて来なくなった所までは助かってるが、学校で居合わせても目もあわせようとしねぇ」
「それは確かにいつもと違いますね・・。ボクと一緒のときはいつも通りでしたけど」
「いつも通りなら、いい」
まだ何か言いたげなくせに、小さくため息をついた黒鋼は自分から会話を切り上げた。
そして、腕組みしたままユゥイの手元を指差した。
「それを届けにきたんなら預かるぞ」
――日誌。
「あ、すみません」
差し出された大きな手に冊子を預けたユゥイは、立ち去ろうとする彼を呼びとめた。
「黒鋼先生。助かっているのなら、いい機会なんじゃないですか?」
「なんだ、機会っつうのは」
立ち止った黒鋼が背中越しに振り向く。
「ファイに、不毛な恋を諦めさせる、いい機会――」
「・・・」
少しふてくされたような顔を見せた黒鋼は、何も言わず向き直り、行ってしまった。
余計な事を言ってしまったかな、と、ユゥイは考えた。
それでも、今回はあちらから関わってきたのだから仕方がない。
遠ざかる黒いジャージの大柄な後ろ姿を眺めて思う。
(なんだか、からかいたくなるんだよなぁ・・・あの人)
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ありがとうございました(^v^)
つづきます。