#16-1 エイプリル・ラブ・フール

◆ユゥイの店

大通りから少し入り組んだ路地を入ったところに、最近オープンしたばかりのイタリアンレストランがある。
準備中の店のカウンターの中には、イタリア人の若いオーナーシェフがいて、ドア口に現れた客に気づいた彼は、ぱっと笑顔になった。
「いらっしゃい。ファイ」
「今日はオレが一番だねー」
カウンターを挟んで向かい合わせに立った二人の姿は鏡に映ったようにそっくりだ。
すらりとした痩身。金色の柔らかな髪、青い瞳。二人は双子の兄弟なのだ。

スプリングコートを脱いでいつもの席に座ったファイは、早速バッグから書類の入った大きめの封筒を取り出した。
「はい。四月一日くんからユゥイにって預かってきたんだよ。
中身は見ちゃだめだって念を押されちゃったー。なあに、これ?」
ユゥイは差し出された封筒を手に取ると微笑んだ。
「ありがとう。でもこれは、ファイにもまだ内緒だよ」
「えー、気になるなぁ。四月一日君とユゥイの秘密なの?」
「う〜ん・・正確には、理事長とボクとの秘密、かな」
「?」
「ふふ。楽しみは後にとっておこう」



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「ファイ、例のこと、学校へはもう話したの?」
溜息をついてからファイが答えた。
「・・侑子先生には話したよ」
「どうだった?」
「代わりの教師はすぐに見つかるから、気にしないでって言ってくれた」
――あなたの代わりは居ないけれどね。
そう言って、理事長の壱原侑子は笑って見せた。
急な事情でイタリアに帰らなければなくなった化学教師に。

「やっぱり、お別れはつらいよ」
ファイの声が陰った。
かわいい生徒達。異国人の自分を隔たりなく受け入れてくれた暖かい場所、堀鍔学園。
「そんなに辛いならボクが代わりに帰ろうか?」
「ダメだよ。ユゥイはお店を始めたばかりなんだから、オレが行く。・・役に立てるかは分からないけど」
俯いたファイを見て今度はユゥイが溜息をつく。
一見ふわふわしているようで、双子の兄は責任感が強くて頑固なのだ。

「でも、黒様にはね、まだ、何も言ってないんだ・・」
「どうして言わないの?」
「言えないよぅ――」
ファイの表情がいっそう暗くなった。
「だって、もうすぐ入学式だっていうのに、年に一度の黒たん先生の晴れ姿を見られないだなんて、オレ・・もう、どうすればいいんだ・・」
頭を抱えてうなだれるファイの前で、ユゥイは頭上にぶら下がるワイングラスをぼんやりと眺めた。
(・・主役は生徒のはずだよね・・)
「まぁ、いつものジャージが安物のスーツに変わるだけの事でしょう?」
「ちがうよユゥイ。黒様が着れば、コ●カだってアルマーニだよ。オレには、特別なんだよぅ」
「・・・」
ユゥイは言葉を失った。
おそらくファイは、黒鋼と数日間離れるだけでも、まるで今生の別れのように思い悩み、言いだせずにいるのだろう。
相手はあの調子なのに、と思うと不憫でならない。

日本で教師をするファイを最初に訪ねた時に一番驚いたのは彼自身の変化だった。
しばらくぶりに再開した兄は、踏まれても蹴られてもめげずに、全力で――恋をしていた。
元々好きなものにのめり込む性質だったものの、その情熱が特定の人に向けらるパターンはユゥイが知る限り初めてだったので当初は戸惑った。
その相手が男性だったからなおさらである。
しばらくしてからは、一見不毛に見えるこの恋に対して傍観を決め込むことにした。
それでも何より大切な兄弟の恋路である。
積極的に応援する気持ちにはなれない一方で、周囲には温かく見守って欲しいという思いもあり、胸中は複雑である。

ユゥイはできたてのパスタを盛りつけた皿をファイの前に置いた。
「そんな顔しないで。無理はして欲しくないけど、どうせなら笑顔でさよならしようよ」
二つのグラスに白ワインが注がれる。

「ボクに一つアイディアがある。次の調理実習の日に、二人で侑子先生に相談してみようよ」
「???」
「逆に考えるんだ。ピンチはチャンスだっていうじゃない?」

そう言ってグラスを合わせたユゥイはワインを一気に飲み乾した。

「まずは作戦会議をしよう。」





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ありがとうございました(^v^)
つづきます。

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