SS #6-1 ペンションくろがね 〜さすらい編〜
星の少年は言いました。
「あなたも冒険しているんでしょう?オレもいつかは旅に出るんだよ。」
さすらい人は答えました。
「そうかお前も冒険家か。旅の途中でなんかあったら、俺を呼べ。お前の事は必ず助ける。」
「・・・ありがとう。」
―――それから十年後の物語
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冒険家でアルピニストの黒鋼は5つの大陸と7つの海を渡る冒険の記憶を持っている。
とりわけ彼の心に焼き付いているのは、地球という碧い星の一点に立ち、自らの手で切り取った情景の記憶だ。
地上8000メートルの頂から見下ろした雲海の流れ、サバンナの乾いた風と地平線を染める夕日。谷間を流れるヌーの大群と地響き、アマゾンの朝焼けに浮かぶホワイトベースとピンクフラミンゴの群れ。北国の星空に揺れる神のカーテン。湖水を揺らす流星の瞬き―――。
この10年間、黒鋼は世界をまたにかけて、命懸けの冒険をしてきた。
絶滅の危機にさらされているクジラを守るために海賊と戦った事もあるし、セスナが不時着したインドの村では救世主と奉られ、邪教集団の手に落ちたサnカラ・ストーンを取り戻してさらわれた村の子供たちを救出したこともある。
冒険の対価は、スポンサー企業や非営利団体の宣伝活動を支援することだった。
国際環境保護団体とのコラボレーション。色鮮やかな旅の記録を映像でつづるドキュメンタリー。
特に、自然との共存が社会的命題になっている時勢がら、スポンサー契約のオファーは増える一方だった。
冒険を生業に出来るものは少ないが、アルピニスト黒鋼は、その功績や知名度から、"成功した冒険家"として世間に周知されていた。
そんな冒険家の黒鋼は今、ヨーロッパを放浪していた。
全て放り出して。
独り列車に乗り込んだ黒鋼はサングラスを外し、車窓に映って流れては消える風景をあてどもなく眺めた。
事の発端はほんの些細な出来事だった。
エアーズロックでのCF撮影中、せりふ回しについてディレクターから何度も注文を付けられるうちに、彼の中で何かが音を立てて壊れてしまった。
黒鋼はロケを放り出してホテルに戻り、その足でヨーロッパに飛んだ。
場所はどこでも良くて、どこか、
今より遠くのどこかへ行ければよかった。
この頃には、命懸けの勝負に対する興奮も褪めて、ただひたすら走り続けてきた情熱は、燃え尽きてしまった様に思えた。
そして、対価の契約に縛られ続けることにはもう、限界が来てしまった。
強烈な日差が作る光と影のコントラスト。黒鋼はスペインのマラガ空港に降り立った。
アンダルシアの旅を経てフランス・ベルギー・ドイツを気まぐれに渡り歩いた。
自分探しの旅の一か月と半ばが過ぎた頃にスイスへ入った黒鋼は、チューリヒから乗った氷河特急でイタリアとの国境を越えるつもりだった。
しかし、車窓から見た景色に、思いがけない予定変更をすることになる。
真っ暗な街の彼方に残照を受けてピンク色に輝くアルプスの頂が見えた時、その息をのむような神秘的な美しさに心を奪われて、いつの間にか列車を降りてしまった。
彼が見たものは、アルプスの女神と言われるマッターホルン。
降り立った駅はマッターホルンの麓にあるアルペンリゾートだった。
黒鋼は、自分でも気づかない"何か"を探して此処へ来たのだ。
冒険家の情熱は、まだ消えていない。
♪ペンションくろがね つづく♪