SS #2-1 K2 友情に輝く星 〜旅の仲間〜
200×年○年○月 冒険家でありアルピニストの黒鋼、星史郎、羅刹の3人は、K2登頂に挑戦する事を発表した。
K2は標高8,611m、世界第二の高峰である。
世界最高峰のエベレストに比べ、極端に登頂成功率が低く、世界で最も困難な山として知られている。
若く人気のある登山家がK2の未踏ルートに挑む、という事で、当然マスコミの注目も熱くなる。
彼らのスポンサーには、ワールドワイドにビジネスを展開するミドル・アース グループの中核企業であるバタフライ物産と、ピッフルプリンセス社がついていた。
バタフライ物産は、アウトドア製品のトップブランドの輸入総代理店でもあり、3人の冒険家とCM契約をしていた。
ピッフルプリンセス社は今回の登頂において、同社情報技術センターからベースキャンプへの気象衛星画像の配信を含む情報通信面での支援を約束した。
また、同社化学繊維研究開発部門は、ゴアテックスを凌ぐ防水性・通気性を備えた新素材の製品化にも注力している。
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記者会見の席で、三人の冒険家は質問に答えていた。
「なぜ、命の危険を冒してまで、雪山登頂に挑み続けるのか、その理由を教えてください。では、こちらにいらっしゃる星史郎さんからお願いします。」
「私が山に登る理由は、業にまみれた己の魂を清める為・・・あるいは白く無垢な山肌に対する、単なる征服欲なのかもしれません。」
「さすがといった攻め攻めしい発言ですね。では、羅刹さんはいかがですか?」
「まずは浪漫を求めて自分の為に。それから子供らに『挑戦し続ければできねぇことは無い』っていう希望をあたえられたら、言うことなしだな。」
「素敵ですね〜。ロマンチックが止まりません。それでは最後にリーダーの黒鋼さんはいかがですか?」
「俺には理由なんざねぇよ。山に登るのは、そこに山があるからだ。」
星史郎が黒鋼からマイクをむしり取った。
「今のベタなせりふはカットしてくださいね(にっこり)。」
―――そして冒険のドラマが始まる。
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黒鋼手記
【○月×日 成田→イスラマバードに到着】
灼熱のイスラマバード。
土地は乾燥して、緑には水々しさがない。
気温は異常に高く、50度近くにもなる。
熱波によって、すべてが乾き、崩れてしまうのではないかと思わせた。
この地域で大河が崇拝される背景は理解した。
これから、約2か月をかけてK2制覇に挑む。
ネパール滞在中はひたすらカレーを食べて鋭気を養った。
一生分のカレーは食べきったと言えるだろう。味噌汁が飲みたい。
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黒鋼手記
【○月×日 ベースキャンプに到着】
ベースキャンプから見上げるK2は圧倒的に高く急峻だった。
これまで培ってきた技術と経験、そして何よりも執念で、必ず登頂を成し遂げて見せると自らに誓う。
心のふんどしのひもを締め直すような気持ちになった。
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星史郎手記
【○月×日 第1キャンプ予定地に到達】
本格的な登山活動を開始して7日目、ようやく6,400mの第1キャンプ予定地に到達しました。
途中雪崩や落石の危険もあったものの、無事にベースキャンプから高度差約1,200mを登りきりました。
第1キャンプ設営地はとても狭く、岩稜帯の堅い氷を2日間削っての設営となりました。
作業中、黒鋼と羅刹は、やれゴーグルが曇っただの背中が痒いだのとうるさい事この上ありませんでした。
彼らは準備が悪いのです。私の完璧なゴーグルは曇ることなどありません。
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黒鋼手記
【○月×日 第2キャンプ予定地に到達】
7,000mラインを超え、約7,100mの第2キャンプ予定地に到達した。
この場所も固い氷を削って小さなテントを張るのが精一杯で、寝るときは空中に足を出した状態となった。
さらに、羅刹のいびきがうるさくて眠れない日々が続いた。
今後は、第2キャンプ設営と荷上げ、約8,000mの第3キャンプ(アタックキャンプ)予定地までのルート工作にうつる。
頂上アタックは、天候にもよるが、早ければ今月下旬、遅くて翌月上旬になる見込を立てている。
知世から定期的に配信される気象情報が頼みの綱だ。
これから希薄な酸素の高所で苦しい登攀が続くが、慎重な行動と適切な判断により、その困難を乗り切りたい。
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星史郎手記
【○月×日 第3キャンプ(アタックキャンプ)予定地に到達】
ショルダー(肩)と呼ばれる7,900m地点に到達しました。
第3キャンプ予定地までのルートは、急峻な岩壁、氷雪壁を登る難所です。
最後の急峻な岩壁帯は、8,000m近い高所であり、無酸素による登攀は耐え難い苦しさを伴いました。
むさくるしい男二人が耐え忍ぶ表情は見るに堪えませんでした。そろそろ萌が足りません。
ショルダー到達時間は夜半となりました。
暗夜、小さなヘッドランプの灯りを頼りにしてのフィックスロープによる下降は、ミスを犯せば数千m滑落してしまう危険なものでしたが、最後まで気を緩めず、皆良く頑張り抜いたと言えるでしょう。
無事8,000mラインに達しました。これより3日間の休養、最良の天候を見極め、アタック体制に入ります。
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羅刹手記
【○月×日 登頂成功】
第3キャンプ(アタックキャンプ)からヘッドランプを付けて出発、ボトルネックと呼ばれる難所、氷のガリー(溝)を午前中に抜け、急峻な雪壁を登攀して夕刻頂上に達した。
途中、氷壁のトラバースなど危険箇所もあったが、慎重に登攀を続け、およそ14時間の苦闘の末、登頂を成し遂げた。
頂上にて、星史郎は手のひらを胸に当てて天を仰いだ。
黒鋼は両腕を組んで仁王立ちになり雲海を見下ろしていた。
此処は、地球上の何処よりも宇宙に近い土地だ。
ゴーグル越しでも刺さるほどに日差しはまぶしかった。
俺達は、酸素ボンベを付けてほんのちょっとの間だけお邪魔をしている旅行者だが、本来は人間が来られる場所ではない。
――此処は神々の領域だ。
見渡せば何処までも広がる雲海は雄大で、地上とは時の流れが違うように思えた。
共に命を懸けて、今この時を共有している仲間との出会いを神に感謝したい。
たとえそれが、ドS のメガネ男と、カッコつけのツンツン頭だろうとも。
頂上に50分間滞在した後、慎重に下降を開始した。
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黒鋼手記
【○月×日夕刻 下降開始】
登頂に成功した後、第3キャンプ(7,900m)に下降を開始した。
登頂時間が遅かったため、暗夜、小さなヘッドランプの灯りを頼りに、想像を絶する過酷な下降となった。
急峻な氷雪壁は、登ることより下降する方が難しく、1人が下降する時は、もう1人がロープで確保するため、暗闇の中、気の遠くなるような時間、その作業を繰り返した。これを怠り、一瞬でもミスを犯せば、3,000m下の氷河まで一気に落下してしまう。
そのため、下降が深夜に及び、さらに酸素ボンベは空という、過酷な状況に追い込まれた。
ボトルネックと呼ばれる危険な氷壁の下降を前に、これ以上の行動は危険と判断、ビバーク(テントなしで座って夜明けを待つこと)することを決断した。
無線機のバッテリーは切れ、ベースキャンプとは連絡が取れず、しかも、8,200mの高所で、酸素なし、極寒という、想像を絶する過酷なビバークになった。
今回の道程で最大の危機に面したといえる。
酸素ボンベもなく、8,000m以上で長時間滞在することは危険で、これは生還するための賭けにも似た選択だった。
賭けに勝つために必要なのは、冷静で的確な判断力と「必ず生き延びる」という強い意志の力のみだ。
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登山隊の3人は極寒の猛吹雪の中で身を寄せ合った。
祈るように夜明けを待つ間、夢と現実の世界を行き来し、生死を彷徨っていた。
その時『それ』は突然起こった。
――雪崩。
ドンという鈍い地響きとともに3人の意識は現実へと引き戻された。
不幸中の幸い、3人は雪崩には巻き込まれず持ちこたえたが、ビバークのポイントを誤った。
そこは巨大なクレバスの上だったのだ。
雪崩の衝撃で氷の足場に深い亀裂が現れた。
咄嗟に自分のロープとハーケンを外した黒鋼は、掴んだ竹竿で2人の仲間を出来るだけ遠くにはじき飛ばした。
闇の中、急に腹部に痛みを受けた星史郎と羅刹は何が起きたか分からないままクレバスの外に転がった。
2人のヘッドライトの光を見届けた黒鋼は、亀裂に竹竿をひっかけて転落を逃れようとしたが、暗闇の中で目算を誤った。予想外にクレバスの幅は広かったのだ。
黒鋼は二人の目の前で深い闇の中に落ちていった。
「黒鋼――!!!!!」