SS #2-2 K2 友情に輝く星 〜旅の仲間〜
黒鋼が目を覚ますとそこは氷壁をくりぬいた浅い洞窟のような場所だった。
ここは、氷の国なのか、そこかしこに水晶のような氷柱が立ち、外は銀世界だ。
「目を覚ましたよ。」
黒鋼がゴーグルを外すと、目の前には髪の長い少女がいた。
髪も、肌も、目も、とても薄い色をしていた。
そして薄い衣を纏ったその姿は、何と宙に浮いていた。
「此処は・・・どこだ?」
酸素ボンベが無くとも息苦しくない。
地上に降りたのだろうか?
それとも自分は死んでしまったのだろうか?
「ファイ、ファイ。黒い人、目を覚ましたよ。」
少女は黒鋼の問いに答えず、傍らにいるらしい人物を呼んだ。
すると、不思議な少年が白くもこもこしたローブの裾をひきずって歩いてきた。
少年は頭にすっぽりフードをかぶって、手には背丈の倍以上もある金色の杖を持っている。
少年が横になっている黒鋼の傍らに座ってフードを外すと柔らかそうな淡い金の髪が揺れた。
少年はまだあどけなさの残る声で話しかけてきた。
「痛むところは、ない?」
言われて初めて左手の痛みに気づいた。
「・・・大したこたぁねぇ。それより、此処は何処だ?」
「此処は、セレス国。」
「セレス?なんだそれ。ネパールか?それとも中国か?」
「ファイ、この人、頭を打ったみたいだよ。」
少年は不思議そうにしている少女に向かって少し微笑んでから驚くべきことをいった。
「きっと、あなたは別の世界から来たんだね。」
夢を見ているのか、やはり自分は死んでしまったのかもしれない。
目の前にいる人形のような少年と少女は明らかに普通ではない。
「でも安心してね。オレがあなたを元いた場所に返してあげる。だからそれまで少し休んでいて。ひどい顔色をしてるもの。」
少年はちいさな白い手で黒鋼の頬に触れて顔を覗き込んだ。
「不思議な目の色。」
「生まれつきだ。」
少年の瞳は、澄んだ湖水のように何処までも静かな碧色だった。
「寒くはない?お腹はすいてない?」
黒鋼はふと寒気を感じた。
どこか出血しているのかもしれない。
「・・・酒が飲みてぇ。荷物の中にブランデーが」
辺りを見回したが黒鋼の荷物はなかった。
「わかった、お酒だね。んーと、ぶらんでえ・・・?」
「ファイ、・・・。」
少女が少年になにやら耳打ちする。
「よし、やってみる。」
少年が指をかざすと何もないところから金色の杯と瓶が出てきた。
「どうぞ。」
黒鋼は上体を起こして液体の注がれた杯を受け取った。
宝石がちりばめられた杯はずっしり重かった。
「これ、純金じゃねぇのか?」
中の液体からは確かにブランデーの芳醇な香りがしたので一口飲んでみた。
「何だこれ!?ものすごく旨いぞ。」
少年と少女は顔を見合せて嬉しそうに笑った。
黒鋼はあっという間に一瓶全部を空けてしまった。
「ファイ。王様、怒るよ。」
「・・・・・・。」
体が芯から温まり、頭も少しすっきりした黒鋼はボロボロになった左手のグローブを外してみた。
手のひらからひどく出血していた。最後の悪あがきで竹ざおに引っかけたらしい。
少年は蒼い目を見開いて驚いた顔になった。
「血が!」
そして不思議な技でぱっと包帯を出すと、慣れた手つきで深い傷のある手のひらから手首までをぐるぐると巻いてくれた。
しかし、出来あがるとうつむいてしまい、消え入りそうな小さな声でいった。
「・・・これ位しかできなくてごめんなさい。オレは傷を治す魔法はまだつかえないんだ。」
「十分だ。これで、血は止まる。」
黒鋼は武骨な手で柔らかい金の髪をわしわし撫でた。
顔を上げた少年はまた驚いた顔になった。
その表情はとても可愛らしく思えた。
「ファイ、そろそろお城に帰らないといけない時間だよ。」
「そうだね。じゃあ、あなたを元居た場所へ返します。」
少年は長い杖を両手で横に構えた。
「お前、そんなことできるのか?」
「前もやったことがあるから大丈夫。あなたと同じような服を着た人がここに落っこちてきたんだ。
その人は冒険をしてるっていってた。名前は確か・・・ウエムラさん。」
「・・・。」
「あなたも冒険しているんでしょう?オレもいつかは旅に出るんだよ。」
「そうかお前も冒険家か。旅の途中でなんかあったら、俺を呼べ。お前の事は必ず助ける。」
「・・・ありがとう。」
少年はなぜか、困った顔をしてうつむいてしまった。
やはり愛らしい。
そして彼が長い杖の先で光の呪文を描くと黒鋼の体は淡い紫色の光に包まれた。
ぐらりと眩暈がして視界が消えていく。
氷の国の情景が消え去る間際、魔法の少年はパッと顔をあげて黒鋼を追うようにして叫んだ。
「ありがとう、黒い人!!」
黒鋼も負けじと叫び返した。
「黒鋼だ!!」
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クレバスに転落したはずの黒鋼が、星史郎と羅刹の上から落っこちてきた。
「あー!!黒鋼!?お前生きてたのかよ!!」
羅刹は盛大に涙を流して黒鋼を力いっぱい抱きしめた。
黒鋼は自分のろっ骨が軋む音を聞いた。
辺りはまだ暗く、黒鋼がクレバスに転落してから幾分も時間が経っていないようだった。
「まったく、人騒がせな男ですね。あなたがギルギーメモリアル行きになったことをどうスポンサーに説明しようかとこちらは頭を悩ませていたというのに。」
星史郎はそっぽを向いた。
それは、星史郎の「完璧なゴーグル」が思いがけず涙で曇ってしまったからだった。
その時、天からは3人が待ち焦がれた朝日が降り注いだ。
眼下に果てなく広がる雲海の輝きは神々しく荘厳で、その淡い紫色の光は神の慈悲のように心にしみた。
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【○月×日朝、第3キャンプから下降を開始】黒鋼手記
翌日午前1時、深夜になったが、登山隊は無事ベースキャンプに生還を果たした。
この場を借りて支えてくれたすべての仲間に感謝したい。
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生還した3人は激しいフラッシュを浴びながら記者会見を受けていた。
ピッフルプリンセス社が撮影した3人のK2登頂と友情のドキュメンタリーはドラマチックで、全世界から反響を呼んだ。
これを受けてカモンベルは、ピッフルプリンセス社が開発した新素材で新しいレインウェアとダウンジャケット限定発売した。
赤と黒のKurogane model、青とシルバーのSeishiro model、黄色とグレーのRasetsu modelだった。
バタフライ物産の株が上がって、筆頭株主の次元の魔女もご満悦だ。
星史郎と羅刹はこの登頂で「人間が見る景色ではないものを見た気がする」と語った。
3人の若い冒険家はこれからどんな景色を探しに行くのだろうか。
インタビュアーは静かに座っている黒鋼に問うた。
「リーダーの黒鋼さん、次の冒険は、何を探しに、どちらまで行かれる予定ですか?」
黒鋼の紅い目が優しくなった。
「俺ぁ、世界の果てだろうが何処へでも行くぜ。そこに仲間がいるならな。」
黒鋼は氷の国の小さな魔法使いとの約束を思い出していた。
K2 友情に輝く星 〜旅の仲間〜 おしまい
♪最後までお付き合いくださってありがとうございました♪