拍手お礼 『ファイずきん』
ファイは、黒さまのお見舞いに、彼の家までやってきました。
怪我人の黒さまが、今日こそはと、迎えオオカミになる準備万端だなんて事は知る由もありません。
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この日のファイは、トレードマークの白いロングコートに身を包み、コートについたもこもこのずきんをかぶっていました。
そしてリンゴのかごを腕に通して「だ・い・す・き」とつぶやきながら黒さまの部屋のドアを4回ノックしました。
「入れ」
ベットから身を起した黒さまは黒地に赤い縦じまのパジャマを着ていました。
もちろん襟は立てられて、パジャマのボタンは上から3つ目まで開いていたので、その胸には痛々しく包帯が巻かれているのが見えました。
不謹慎だと思いながらもドキドキしてしまったファイは黒さまの胸元から目をそらして言いました。
「くろたん、具合はどう。少しは元気になったかな?」
「ああ。お前が見舞いに来てくれたからな」
ファイは黒さまが元気そうなのでほっとしました。
「お腹すいてるでしょ。オレ、持ってきたりんごをむくからねー」
「そんなこたぁいいからこっちに来いよ」
黒さまは待ちきれない様子でベットの脇の椅子にファイを座らせました。
白いずきんのその人こそ、利き腕に換えても守り通した黒さまの正義です。
ファイは果物ナイフでりんごの皮をむきながら、目の前に座っている黒い人の異変に気付いて目を丸くしました。
なんと、黒さまの頭には大きくてとがった黒い耳が生えていたのです。
「・・ねぇ、黒りん。何で君の耳はそんなに大きいのかなぁ?」
「こりゃあお前の可愛い声をよく聴くためのもんだ。気にすんな」
ファイは何かがおかしいと思いましたが、黒さまに可愛いといわれたことが嬉し恥ずかしくてうつむいてしまいました。
視線の先には黒さまの大きな手があり、その指先には鋭く長いツメがありました。
「あれ?黒ぽんのツメ、どうしてそんなに長~いの?」
「これか?これは ―― いろいろ 便利に使える」
黒さまはぐっと体を寄せるとファイの耳元に低い声で囁きかけました。
「例えば脱がす手間が省けたり、とかな・・」
長い爪がもこもこコートの背中の上をつーっとすべりました。
ファイには黒さまが言う便利さの意味がよくわかりませんでしたが、ぞくぞくしました。
「くろみー・・危ないからもうちょっとだけ離れてくれるかなぁ?」
なんだか怖くなったファイはナイフを持っていないほうの手で黒さまを押しのけましたが、鋭い視線を刺さる程に感じて落ち着きません。
「なんか今日の黒ぽんはいつもと違うみたい・・君の目は・・なんでそんなにギラギラしているの?」
黒さまの紅い目がもっとギラつきました。
「お前の姿をよく見たいからに決まってるだろうが。」
(・・それから、願う気持ちも祈る言葉も捨てちまうと、こうなる)
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――記憶の中の記憶。
黒様の胸の中で、戦うだけの過去がモノクロに焼けました。
長剣に貫かれ血まみれの母が最後に残した「守れなかった」という言葉
結界を越えて入り込んできた禍々しい悪夢
領民の悲鳴と断末魔の叫び
最期まで離さなかった銀竜を残して魔物に飲み込まれた父の腕
強さだけを求めて無益な殺生を重ねてきた自分--------
我に返るとファイの金色の目が心配そうにのぞきこんでいました。
「黒りんた・・あんまり気分がよくないのかな?」
「そんなこたぁねぇよ」
鋭い眼光が和らぎ、黒さまは小さくため息をつきました。
「お前に会わなきゃ、気づくこともなかったかもな」
人を想う気持ち 本当の強さの意味を。
黒さまは、いつも側にファイのことを感じていなければ こんなに不慣れな感情などすぐに見失ってしまいそうだと思いました。
黒さまがあまりにも熱っぽい目で見つめてくるので、ついにファイの方から口を開きました。
「黒さま・・食べて・・」
「いい・・の か?」
「は~い」
ファイは黒さまの口にりんごのうさぎを突っ込みました。
「たくさんあるからね。」
「・・ふうひほへほ(空気読めよ)」
その時、苦々しくうさぎを咀嚼する口元にちらりと鋭い牙が見えたので、ファイはびっくりして言いました。
「黒わんこの歯は、どうしてそんなに尖っているの!!?」
うさぎを飲み込んだ口は、何を今更と言いたげです。
「こんなのもとからだろうが」
時を見計らっていた黒さまは、今までに見せた事のないほど獰猛な笑みを浮かべて言いました。
「実はこいつぁなぁ、ファイずきん・・」
つり上がった薄い唇の端からは、鋭くとがった犬歯と赤い舌がのぞきました。
「お前を食べるためにあるんだぜ」
黒さまは今よりもっと光より早くファイをベットに押し倒してはがい締めにしました。
「きゃーーー!ダメ!!黒たん、怪我が治ってないんだから!」
悲鳴を上げて逃れようとするファイ。
「もう 治った」
ダメと言われてますます燃え上がる黒さま。
「嘘!酷くなったらどうするの!?」
ファイずきんは自分に覆いかぶさる黒さまの背後にぴんと立った黒いしっぽがあることに気付きはっとしました。
「まさか君・・黒オオカミ!?」
「何とでも 呼びやがれ」
黒オオカミは、ファイの首筋にかみつこうとしてファイのずきんを乱暴に引き剥がしました。
『ファサ』
そのとき、ファイずきんちゃんはファイ(ずきん)を脱いでユゥイになりました。
(黒鋼のために出来る事・・・オレが今、流されるわけにはいかない!)
バキ!!
ユゥイの心を思いだしたファイの渾身の一撃により黒さまは壁際までふっとばされました。
「ってエ!何すんだ、てめえ!!」
ファイは黒さまを見下ろして吐き捨てるようにいいました。
「君って人は『自重』って言葉を知らないの?!!」
それでも黒さまは、殴りつけられた頭を押さえつつ再びベットに乗り上がり、抵抗するファイの腕を掴んでねじ伏せました。
「そんなもん 知るか」
傷つけてもすべてを壊しても もう決めたことは振り返らない黒さまの心に、東京でファイに伝えた言葉が過りました。
――そんなに死にたきゃ俺が殺してやる。だからそれまで生きてろ――
それは、一生離すつもりはねえから覚悟しろ的な、魔術師へ届け!熱き忍者の想い!でした。
あの誓いは、変わることなく今も胸に・・
( あ る ぜ !!!!! )
ビシ!!
しかし、またしても吹っ飛ばされる黒オオカミ。
「馬鹿!!」
追い打ちをかける痛恨の一撃。
傷ついている暇などあるはずのなかった黒さまは、さすがに傷つき、吸血鬼の長い爪で傷つけられた顔を手で覆うと、壁際にうずくまってうなだれました。
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(ちょっ なに?・・そのリアクション・・)
その姿を見たファイは動揺しました。
指の隙間から自分に注がれる非難めいた視線。
そのいたいけな紅い瞳には涙が浮かんでいます(ファイの指が入った為)。
(ああ もう、君ってほんとに・・予 想 guy・・・・きゅん )
ファイの胸に、萌の大神降ろしが吹き抜けました。
「・・ってことで、今のナシね」
ファイは手のひらを黒さまにむけると、何気なく言いました。
しかし黒さまは、目も合わせずスッとファイの脇を通り過ぎてベットに入ると、ニャンマガを手に取りました。
「く ろ が ね」
黒さまの首にするりと両手をまわしたファイは、すっかり不機嫌になってしまった顔を覗き込みました。
「・・ごめんね」
すでに耳もしっぽもしまってしまった黒さまの視線はニャンマガに注がれたままです。
(つーん)
ファイは全国のクロガネーゼを代表して言いました。
「やっぱり君の事が だ・い・す・き 」
黒さまはニャンマガのページをめくりながらいいました。
「おととい来やがれ」
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果てしなく 繰り返す ツンデレカップルの想いの螺旋。
こうして二人はきまぐれに吹き荒れる恋情を、葛藤と楽観と達観で乗り切る術を知っていくのです。
―― FADE OUT
最後までお付き合いいただきありがとうございました。お疲れ様でした。
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