『ラブ・ホリック』


黒鋼は、願いを叶える店の用心棒として住み込みのバイトをしていました。



美しい黒髪をした妖艶な店主は言いました。

「黒鋼、今日は宝物庫の棚卸をお願いね。そのあとはあたしの靴を磨いて頂戴」

「フン。そんなこたぁ俺の業務範囲外だぜ」

「あら、あなたの大切なものが戻ってこなくてもいいのかしら〜」

「きたねえぞ魔女!」

店主が行ってしまうと、黒鋼は傍にいた二人の少女を指差していいました。

「おい、マルダシ、モロダシ。仕事はてめえらでやっとけ。俺は忙しい」

少女たちは泣き叫びました。

「「ヌシ様〜!黒鋼 ひどい!」」



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黒鋼は店の周囲が見渡せるいつもの場所で剣の鍛錬に励んでいました。

(あの魔女、いい加減に俺の刀を返しやがれ!)

そう毒づきながらも黒鋼はいつもより早めに店に戻ってきました。それは、マルとモロが今夜のお城のパーティーをとても楽しみにしていたからです。



その夜、着飾ってお城へ出かける店主とマルとモロを送り出した黒鋼は、宝物庫の棚卸をしていました。

すると突然戸が開いて魔法使いの老婆が入ってきました。

「テメエ何者だ?」

黒鋼が刀に手をかけると小柄な老婆は言いました。

「まぁまぁ乱暴はおよしなさい。今日はパーティーなんだから。あなたもたまには息抜きをしてお城に遊びに行ってらっしゃいな」

老婆が魔法の杖を振ると、黒鋼の黒い服は赤と黒のセクシーなドレスに変わりました。

老婆は、黒鋼の耳の後ろに真紅の薔薇の大輪を飾ると満足げに微笑みました。

「カルメンみたいで素敵やねぇ。ただし深夜になる前に此処に戻っておいで。お城の十二時の鐘が鳴ったら魔法が解けてしまうからねぇ」

魔法使いの老婆は、激しく暴れる黒鋼をカボチャの馬車に押し込みました。

「楽しんでおいで。シンデレラ ――」



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かくして黒鋼は不機嫌な顔でダンスホールの壁際に座り、酒をあおっていました。

この日はお城の王子様の誕生パーティーでした。

毎年開かれるこの舞踏会では王子様自身が相手の女性を選んでダンスを踊ることになっていました。

金髪碧眼の美しい王子様が白いマントを翻して踊り場に現れると、ダンスホールは乙女の溜息に包まれました。

ダンスホールの端まで真っすぐに歩いて来た王子様は、壁際に座る娘に手を差し出しました。

「赤いドレスの美しいお嬢さん、今夜はオレと踊ってくれませんか?」

黒鋼はキラキラした王子様の碧い瞳が宝石みたいだと思いましたが、プイとそっぽを向いて言いました。

「踊りたきゃ他をあたれ。俺は機嫌が悪い」

「オレは君がいいんだよ。ね?お願い」

ダンスホールのすべてが二人に注目する中で、王子様は黒鋼の手を引いていかつい肩を引き寄せると慣れたリードで踊り出しました。

「君は凄く魅力的だ。ダンスホールに胡坐をかいてお酒を飲むなんて、ワイルドすぎるよ」

「・・お前、相当変わってるな」

「そうかもね。オレはお城の中のことしか知らないから。ああ、今日のオレは少し浮かれてる。きっと自由な君に憧れてるんだ。無理やり誘って・・ごめんね」

「いまさら何を言ってやがる。そんなに自由になりたきゃさっきみてえに振る舞えばいいじゃねえか。簡単なことだろうが」

一瞬驚いた顔をした王子様は、花が咲くようにふわりと微笑みました。

いつの間にか黒鋼は、その笑顔ごと彼を抱きしめて守りたいと思いました。

「今日は会えてよかった。君の事、もっと知りたいよ。オレの名はファイ。君の名は・・・・」

二人は時を忘れて見つめ合いました。

答える代りに黒鋼の唇が王子様の唇に触れようとしたその時、お城の鐘が鳴り響きました。

(やべえ!魔法が解けちまう!)

黒鋼は王子様を突き放すと、ダンスホールから走り去りました。

「待って!」



王子様が伸ばした手は、虚しく空を切りました。



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赤いドレスのいかついお嬢さんを見失ってしまった王子様は、お城の階段に脱ぎすてられた真っ赤なハイヒールを見つけて拾いあげました。



(薔薇色の瞳の君・・・・オレのシンデレラ)

――いつか必ず 君を 尋ねる――



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黒鋼は店の窓からお城を眺めて溜息をついていました。

日ごとに王子様への想いは募るばかりでした。

マルとモロは、このところ様子がおかしい黒鋼の事が心配で仕方ありませんでした。

すると外で馬の嘶きがして、誰かが願いを叶える店の扉を叩きました。

マルとモロが扉を開けると、そこには長身の人物が立っていました。

その人物がローブのフードを外すと、光り輝く金の髪がこぼれました。

「「王子様!」」

(!!!)

店に現われたのは何と王子様でした。

従者を連れずに一人でやって来た王子様は、赤いハイヒールを差し出して言いました。

「ごめんください。私はこの国の王子です。私はこの靴の持ち主を探しています。この靴にぴったりの人が見つかったら、その人に結婚を申し込むつもりでいます」

店主はちらっと黒鋼を見てから、わざとらしく言いました。

「あ〜ら、何て玉の輿!早速あたしから試させていただくわよ」

しかし、赤いハイヒールは店主の足には大きすぎました。

もちろん、マルとモロにもぶかぶかでした。

少しだけ寂しそうな顔になった王子様が言いました。

「・・やはり合いませんね。でも、どれだけ時間が掛かっても、私はあの人が見つかるまで探すつもりです」

「ですって、黒鋼。あなたも試してみたら?」

王子様は店主の目線の先に立っている目つきの悪い大柄な男に振り向くと、はっと驚いた顔になり、震えた声で言いました。

「・・どうか、あなたも、試してください」

王子様をがっかりさせたくなかった黒鋼は腕を組んでそっぽを向きました。

「フン。くだらねえ」

あれは、一夜限りのかりそめの姿 ――。

「もう・・呆れたツンデレね」

溜息をついた店主が黒鋼の足を無理やりハイヒールに突っ込むと王子様の顔が輝きました。

「ぴったりだ!やっぱり君だね!」

王子様は黒鋼の手を取るとあのときと同じ瞳で黒鋼を見つめて言いました。

「君のことを想わない日は無かった」

黒鋼は信じられない気持ちで言いました。

「・・そりゃあ 俺の台詞だぜ・・」

黒鋼は王子様をきつく抱き締めました。

店主は言いました。

「黒鋼。あなたは今日でクビよ。これを持ってさっさと出ていきなさい」

「魔女・・・・。 世話に、なった」

王子様を抱きかかえた黒鋼は、白馬に乗ってお城に向かいました。

―― 腰には銀竜をさして。



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店主とマルとモロは店の窓から小さくなって行く二人の後ろ姿を見送りました。

「黒鋼、とっても嬉しそう。ヌシ様、黒鋼の刀、返したの?」

「そうよ。あれは愛するものを守る為のものだから」

“お幸せにね、ツンデレラ。”

二人の向う先には虹がかかっていました。

おしまい

2009/05/04 cosmic



♪お付き合いくださってありがとうございました♪


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