SS #8  金木犀 ~kinmokusei~





ある秋の夜、体育教師と化学教師は肩を並べて学園から教員宿舎への道を歩いた。


「黒ぽんと一緒に帰るのなんて久しぶりだよねぇ。うふふ。」

ベージュの薄いコートを羽織った化学教師は跳ねるように軽やかに歩いた。

「ここんとこ忙しかったからな。」

秋冬仕様の黒ジャージに身を包む体育教師はポケットに両手を突っ込んだ格好で威圧感たっぷりにのしのし歩いた。

このところの体育教師は剣道部の試合の為に休日返上の忙しさで、二人がそろって帰るのは久しぶりのことだった。

試合の戦果は上々で、今の彼は機嫌が良い。



近頃急に日が短くなったので、先ほどまで夕焼けに染まっていた空には月が浮かんでいた。

化学教師は頬をひんやりなでる夜風が運んでくる甘い香りに気づく。

「あっ、キンモクセイ!」

「・・だな。」

この花の濃密な香りはさすがの体育教師もすんなりキャッチした。

「甘いなぁ・・この匂い。やさしくて、最後はどこかせつない。」

「トイレの芳香剤みてぇだけどな。」

「ああもう、君の発想ってロマンがないねぇ・・。」

久々の逢瀬に浮かれていた化学教師の心は、現実の厳しさを思い知ってうち沈んだ。

それでも彼は、恋人にロマンチックな言葉を囁かれるという幻想を振り払いきれずに聞いてみた。

「黒さまにはキンモクセイの花の香りに思い出はある?なんかこう、甘くて切ないやつがあったら聞かせて欲しいな~。」

「そうだな・・」

体育教師はしばらく考えてから答えた。

「高校ン時にも部活で剣道やってたんだが、学校の道場の裏に金木犀の木があってな、」

「その道場の裏で初めてのキスをしたとか?」

「人の話は最後まで聞け。」

「はーい。」

「毎年でかい試合が終わってひと段落する頃になると急に空気が乾燥してこの香りがした。まぁ、あれは汗臭ぇ道場のいい消臭剤だった。」

「何処が甘く切ないのさ・・。」

「だから最後まで聞け。この匂いがすると『これ以上寒くなると朝練がきつくなるじゃねえか・・やれやれだぜ』って気分を思い出す。どうだ、せつねえだろうが。」

「・・・・まぁ、確かに寒さに震えるのは切ないよ ね。」

彼らしいエピソードにため息をついた化学教師はもう一度気を取り直そうと努めて明るく言った。

「じゃあ、今年もだんだん寒くなってきたことだし、今日の晩御飯はあったか~い鍋にしようと思いまーす!」

「そうだな。久々に酒でも飲むか。」

タイミングよく実家から地酒が届いていたことを思い出す。

「やったー!今夜はとことん飲んじゃおう♪」

はしゃぐ化学教師をちらと見た体育教師は、金の髪をくしゃくしゃと撫でて少し笑顔を見せた。

「明日はようやく休みだしな。」

「じゃあまずは買い出しだね!」

すっかりご機嫌に戻った化学教師が体育教師の腕にするりと手をまわすと、道端にのびた二つの影が重なった。

冬の足音が聞こえるこの季節だからこそ、傍にある人のぬくもりがあたたかい。

こんな夜には花の香りに寄り添って、ふたりで歩くのもいいかもしれない。




体育教師にとって金木犀の香の思い出が、今年からちょっとだけ 甘くなった。




~fin~


毎年こんなことやっていればいいと思います

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