#14 屋根の上の君


厳しい寒さが緩み、春がほころびはじめる頃、ファイは白鷺城の薬師として城勤めをするようになった。

薬師の詰め所は本殿の西の櫓にある。
ファイの任された仕事はそれ程忙しいものでは無かったので(それが黒鋼の出した条件だった)、時間に余裕がある時には、水の流れる庭園を眺めたり、薬師の同僚達とお喋りをしてのんびりと過ごした。

白鷺城の薬師達は、まだこの国の言葉に不慣れな異国の魔術師を友好的に受け入れた。
互いの文化は違えども、もともと治療の心得をもっている彼の仕事ぶりが、誠実で丁寧なものだったので、なおさらだった。

この日にやるべき仕事を済ませてから、窓辺に座っていたファイは、ふと人の気配を感じて振り返った。
そこには同僚の薬師が立っていた。
「ここを通ったら、あなたの姿が見えたので・・ご一緒してもいいですか?」
ファイが頷くと、薬師は縁台に並んで腰かけた。
ファイは視線を庭に移してから言った。
「桜が咲くのが、楽しみだなーって思って見ていましたー」
蕾をたくさんつけた桜の木々達は紅色にけぶって見える。
「ええ。今にも咲き出しそうですね」
同じように庭を見た薬師は、目を閉じて、かすかに甘い外の空気を吸い込んだ。
「春の息吹きを感じます」
「・・いぶき?」
「息づかい、とでもいいましょうか」
「なるほどーー」
この国の言葉には、自然を生き物のように表現する言い回しが沢山ある。
桟に肘をのせて頬杖をついたファイは、口元に笑みを浮かべて目を閉じた。
風が、柔らかな金の髪を揺らす。
その様子を見て、薬師も微笑む。
「穏やかな、眺めです」
春の窓辺に佇む麗人の姿は、それだけで一枚の絵のようだった。


「最近は、こうして落ち着いて働けるのが、なによりだと感じます。実は、ファイさんの旅のお仲間の黒鋼さんが留守にしていた間は、私達の仕事もずいぶんと忙しかったのですよ」
「それは、どうしてですかー」
ファイは首を傾げた。
「日本国最強の忍者の不在が近隣国に知られてからは、城が侵略を受ける事が増えましてね。忍軍の活躍もあって、どうにか事なきを得ましたが、あの頃は連日負傷者が出て、城内には、張り詰めた空気が流れていたものです」
「・・そうでしたか」
薬師は真剣な表情をつくって言った。
「そうなってから初めて、私達は黒鋼さんの存在の大きさに気付いたんです。あの方はまさに天守閣の屋根の鬼瓦そのものだって事に・・・」
「オニガワラ?・・って何ですか?」
不思議そうに眉をひそめたファイに、同僚の薬師は茶目っ気を含んだ笑みを浮かべて答えた。
「ええ。屋根に乗っているありがたい魔除けの事です。今度こっそりお教えしましょうね。 でもファイさん、この事は黒鋼さんにはくれぐれも内緒ですよ。 これからもずっと、こんな風に穏やかな日々を過ごしたいものですね」

薬師は、微笑みを残して仕事に戻って行った。



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仕事を終えて、桜並木の下を歩いていたファイは、赤い橋の上に、黒尽くめの大柄な男の姿を見つけた。
人ごみの中で彼を見かけると、心がざわめく。
「黒様ーーお疲れ様〜」
嬉しげに手を振ると、本殿に用事があるらしい黒鋼が、こちらを振り向いてやって来た。
「今帰りか?」
「うん。晩御飯の買い物してから家に帰るよ。黒様は、今から知世姫様の所へ行くの?」
「ああ。俺もその後引き上げる。家で待ってろ」
黒鋼と一緒に家で夕食を食べられる日は多くはないので、今日はとても嬉しい。
「はーい。じゃあオレ、ご飯つくって待ってるからね。知世姫様にも、よろしく伝えてねー」
黒鋼は、へにゃりと笑うファイが締めているきらきらした市松柄の帯や、変わり結びの帯締めを見遣った。
今朝には無かったはずの物だ。
「お前、今日も会ってんだろうが」
こうして、日々、彼の衣装ばかりが増えていくのだ。
自分じゃまともに着られねえくせに・・と半ば呆れると、唐突にファイが聞いてきた。

「そうだ黒様。"オニガワラ"って、どれのことを言うのか教えて」
黒鋼は突然の問いに驚くこともなく、腕を組んだまま二人の頭上を指差した。
「あそこに鬼の顔みてえな形の瓦があるだろ。分かるか?厄除けのまじないらしいが、あんなもんで厄介払い出来りゃあ世話ないぜ」
慣れた様子で説明してくれる黒鋼が示す先を目で追うと、屋根の端に、一つだけ言われた通りの特徴を持つ瓦があった。
屋根の上から恐ろしい形相でこちらを睨んでいる鬼みたいな顔と、ばっちり目が合ってしまう。
(・・ぶっ)
ファイは、咄嗟に両手で口元をおさえた。
体をくの字に折り曲げて、笑いをかみ殺しているファイの反応に、苛立った声で黒鋼が言った。
「なんだ、てめえ。おちょくってんのか?」
顔を真っ赤にしたファイは、目に涙を溜めて、自分を睨みつける紅い瞳を見上げた。
「・・ちが・・そうじゃないんだよぅ・・・・っくくく・・」
(だってそっくりなんだものーー!!!)
「ふん、勝手にしろ」
すっかり機嫌を悪くした黒鋼は、ぷんすかしながら行ってしまった。


肩をいからせて大股で歩く後ろ姿を見送るファイは、彼がなんとか機嫌を直してくれるように、今日は、城下で美味しいお酒を買ってから家に帰ろうと決めた。



みんなの穏やかな日々を護ってくれる屋根の上の君に 感謝を込めて。




end

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30001HIT記念リクエストとして「ギャグ」で承って、日本国永住設定で書かせていただきました
U様、ありがとうございました(^v^)

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