続 おいしそう 〜*Black Fish はなおかさまへ〜
ファイさん視点
最近のオレはちょっと暇を持て余してるんだ。
もう言葉もだいぶ分かるようになったし、セレスにいたときみたいにこの国のために働きたいって思ってる。
だけど相談すると知世姫様は「着せ替えごっこの時間がなくなるからいけませんわ。」と言うし、忍軍の頭領になって忙しい黒様は「もう人員は十分だから要らねえ。」なんて言って取り合ってくれないんだよねえ。
そんな訳でここでのオレときたらすっかり黒様の奥さん役だよ。
"アナタ、今日の晩御飯は播磨灘のサンマだから、まっすぐ帰ってきてね〜!"
縁側で黒様を待つオレは籠に山盛りになった柿を剥いていた。
滴型をしたこの柿の実はラキの実によく似てる。
ラキはもう少し赤味が強いし食べれば酸っぱいけど、細長い形やヘタなんかも、本当にソックリだ。
ラキの実は、アシュラ王の好物だった。
王とオレはドライフルーツにしたラキの実をシャンパンのおつまみにして夜な夜なチェスをしながら過ごした。
温室の天上に浮かぶ満天の星月夜を浴びて、王のテーブルを囲む木々の緑は静かに眠ってた。
星空を振り仰ぐアシュラ王の横顔がオレは子供のころから大好きだった。
今思えば、王はああやって星の未来を読んでいたんだね。
実はかなり負けず嫌いなアシュラ王とのチェスはいつだって真剣勝負。
オレがチェスの勝負になかなか勝てなかったはずだよ。
なんてね。
今オレが暮らしているのは黒鋼の家。
羽根探しの旅に(強制的に)出発するまで彼が一人で暮らしていた小さな黒い家。
でも、独り暮らしには広すぎるよね。
君が今「二人で住むには丁度いい」って思っていてくれたら嬉しい。
初めて家に上げてもらった時、部屋の中にほとんど物が無かったから、きっと帰って眠るだけの家だったんだろうなあ。
でもね、タタミもフスマもショウジもタンスもテーブルも、ずっと昔から君が使ってきた物。
黒様の物に囲まれているだけで、なんだか幸せを感じてしまう。
オレってばちょっと危ない人かなあ。
オレは縁側から夜空を見上げた。
降るような星空の向こうにはいつもアシュラ王の姿を思い出す。
"どこにいても 君の魔法はすぐにわかるよ ファイ"
アシュラ王もきっとどこかでオレを見ていてくれますね。
今のオレはファイで、ユゥイです。
全部知って受け止めてくれる大切な人と、ここで一緒に暮らしています。
自分の世界に浸りきっていたオレが人の気配を感じてはっと我に帰ると、すぐ横に黒いマントを着た君が立っていた。
「お帰り、黒さま〜!!」
今日も無事に帰ってきてよかった。どこも怪我、してないね?
でも君はなんだか不機嫌な顔で縁側から外を見やるとぴしゃりと雨戸を閉めてしまった。
「もう夏じゃねぇんだから夜になった戸を閉めろ。」
「ごめん、外は寒かったよね。今日は星がきれいだったから、つい。」
オレにとってはまだまだあったかい部類なんだけど、もうこの国では冬が近いんだったね。
君は廊下のカモイを窮屈そうにくぐって居間に入るとグローブを外しながらオレの手元の柿の山を見て言った。
「なんだそれ。また、貰って来たのか?」
「うん。今日市場に買い物に行ったとき、ちょっと変わった形の柿を見つけてね、しばらく眺めてたらお店の人がくれたんだ。」
すっかりあきれ顔になった君を見てオレはちょっと言い訳をしたくなった。
「二人で暮らしてるからこんなに沢山はいらないって言ったんだけど。ホシガキにすればいいって作り方まで教えてもらったら断れなくなっちゃって。それで今、作ってたんだ。これ。」
オレは、ひもにつなげた柿たちを持ち上げて見せた。
初めてにしてはうまくいったと思うんだけど。
褒めてくれる?
「でも、剥いてたらこのまま食べたくなっちゃった。ね、おいしそうでしょ?黒様。」
だけど君はなんだか意地悪そうな目でつま先から頭のてっぺんまでオレを見た。
冷たい反応・・。
でも、そんな風につれないところも ス キ。
「そうだな。」
君は天井を見て、ため息をついた。
「そりゃ筆柿っつう種類の柿だ。」
「フデガキって・・いうんだね・・。」
やっぱりラキじゃあ、なかったねえ。
「ここでもお前は働かなくても食うもんに困るこたあねえみてえだな。仕事なんざする必要ねえからそうやって家にいろ。」
マントも刀も外した君は、そう言うと自分の部屋に入ってぴしゃりと襖を閉めてしまった。
黒様の部屋には用事がないと入れもらえないから、さみしい。
でも君はすぐに着替えて出て来るはず。
そして晩酌の前にお風呂に入るんだろう。
それが意外と長風呂なんだよなあ・・。
もう夕飯の支度は殆ど出来上がっていて、後は魚を焼くだけだった。
オレは黒様が戻ってくるまでにサンマを焼きながらホシガキの仕込みを完成させてしまおうと決めた。
明日には縁側に沢山吊るせるように。
この家は外から見ると真っ黒でなんだか威嚇してるように見えるから(まるで黒様みたいだ)、軒先をオレンジ色のスダレで飾ったら少しは人あたりが良くなると思うんだよね。
この国には君のことを怖がって避けている人も大勢いるけれど、黒様が昔よりとっつきやすくなったって言う人もいる。
オレはそれを聞いた時すごく嬉しかったよ。
本当の君を知ったら、みんなが君を好きになるね。
だからそれまでに、オレだけが知ってる君のこと、もっと増やして独り占めしたいって思っちゃうんだよ。
それがどんな意味かって、具体的に言わなきゃ黒様には伝わんないのかなあ。
だけど今夜ならそれとなくオレから言えちゃう気がするな。
君が雨戸を閉め切っちゃって、この部屋には今夜
星も月も 届かないから
吐く息が白い。
(・・寒ィ。)
俺は外套の襟を引き上げた。
すっかり遅くなっちまった。
日が詰まったから辺りは既に真っ暗だ。
頭領の仕事は余計な事務仕事が多すぎるし、蘇摩の奴が今まで以上に口うるせえ。
忍軍の連中がもたもたしやがるとこうやって俺の帰りが遅くなる。
ったくあいつら人の上げ足取る暇があったらもっと修行しろと言いたくなるぜ・・。
まあいい。これからみっちり鍛えてやる。
家に戻るとあいつは何かしら家事をしている。
夕餉の匂いがする暖かい部屋に帰るのは今でもどこか落ち着かない。
自分がこれまでやってきたことを振り返りゃあ、こんな生ぬるい幸せに浸るのは不相応だって事はわかってる。
だからそのうち煙みてえに消えちまうんじゃねえか・・って、逃がすつもりは無えけどな。
あいつは縁側で柿を剥いてたみたいだが、包丁を持つ手は止まっていた。
薄暗い廊下の床に横座りして夜空を眺める姿は白く浮かんで見えた。
俺がすぐそばに立ったところでやっとお前は気づきやがった。
「お帰り、黒さま〜!!」
ようやく自分に向けられた笑顔に安堵する。
よそ見してんな。
早く会いたかった。
遅くなっちまったが特に変わったことはなかったみてえだな。
だが、もう冬だっていうのに縁側の戸は全開のままだった。
俺は全部完全に閉め切った。
「もう夏じゃねぇんだから夜になったら戸を閉めろ。」
しかもそんな薄着で風邪引いたらどうする、って余計な心配させんな。
「ごめん、外は寒かったよね。今日は星がきれいだったから、つい。」
こいつが遠くを眺めて考え事をしている姿を見てイラつくのは元々だが、なぜか最近は夜空を見上げてぼんやりされると無性に腹が立つ。
お前の隣には籠に山盛りになった柿があった。
見たところうちの柿じゃ無え。
「なんだそれ。また、貰って来たのか?」
俺は甲当てを外しながら聞いた。
「うん。今日市場に買い物に行ったとき、ちょっと変わった形の柿を見つけてね、しばらく眺めてたらお店の人がくれたんだ。」
よほどこいつが物欲しそうに見ていたんだろうと想像がついた。
「二人で暮らしてるからこんなに沢山はいらないって言ったんだけど。ホシガキにすればいいって作り方まで教えてもらったら断れなくなっちゃって。それで今、作ってたんだ。これ。」
お前は得意げに紐を持ち上げてきれいにつながった柿を見せた。
「でも、剥いてたらこのまま食べたくなっちゃった。ね、おいしそうでしょ?黒様。」
そう言って床に横座りしたまま俺を見上げて聞くお前。
淡い色の着物の裾からのぞく華奢な足首。白い素足の薄い甲。
おいしそうでしょ?だと?
――剥いて喰うぞ。
「そうだな。」
いけねぇ今のは病的だ。
そろそろ 限界を感じる。
「そりゃ筆柿っつう種類の柿だ。」
俺はどうでもいいことを言って勝手な気まずさを取り繕った。
「フデガキって・・いうんだね・・。」
それはなぜがお前を悲しい顔にさせちまった。
「ここでもお前は働かなくても食うもんに困るこたあねえみてえだな。仕事なんざする必要ねえからそうやって家にいろ。」
自室に入った俺は、鎧を外して衝立に引っかけてある着流しを羽織った。
知世と天照のにやにやした顔が浮かんだ。
"黒鋼の甲斐性の無いことといったら"
"今に可愛い人に逃げられますわよ"
うるせえと言いたいが、俺は自分のやりたいようにあいつを家に閉じ込めておいて肝心なことを言っていない。
一緒にいてもああいう寂しい顔をされるうちはまだ待つべきだと考えていた。
あいつだって急に関係が変わることなんか望んじゃいないだろうとも思う。
それなのに俺ときたら堪え性なく中途半端に触れちまう。
たが、筆柿の一体何が悲しいっていうんだあいつは。
俺はこのまま待っていてもらちが明かない事にようやく気づいた。
いい加減 今の自分に腹括れと、自分に言いきかせて部屋を出る。
♪「おいしそう」を頂いたのが嬉しくて、その続きを大好きなはなおかさんの日本国シリーズをまねして書いてみました。
よろしければ受け取ってください(^v^
2008/11/15 cosmic♪