SS #1  諏倭の国再建物語 〜 SAY YES 〜


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諏倭領にて

ある日のこと、諏倭の若い領主のもとに、数人の領民がかけ込んできました。

「領主さま!東の領地の外れで魔物が暴れています!助けて下さい!」

東の結界は領民の住まいに最も近い場所にあります。

緊急を要すると判断した領主は、努めて抑えた声で、かっこ良くいいました。

「分かった。すぐに討伐に向かう」

すると、領主のそばに控えていた金色の髪の魔術師がすっと立ち上がりました。

「何かあった時の為に君はここにいた方がいい。代わりにオレが行ってくるよ」

こわばっていた領民たちの顔が輝きました。

「魔術師様が来て下さるのなら、安心です!」

「では、行こうか」

ひらりと馬に飛び乗った魔術師は、民を従えて風のように駆けて行きました。

「ちょ、おま・・・」

領主はひとり、屋敷に残されました。



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書斎にて、領主は書簡に目を通していました。

この日に届いていたのは、近隣国からの薬草の無心、庭師からの請求書、それから白鷺城の君主からのひやかしの手紙などでした。

どれも急ぎの用件はありませんでしたが、一応さっさと返事をすませました。

ひやかしへの返信に苛立ちながらも、字は上手です。


魔術師は、諏倭の為に沢山の働いて、領民からとても頼られていました。

魔術による結界を結び、いつも領地を護っていましたし、冬場には、魔法を使って凍った湖を溶かして魚を獲れるようにしたこともありました。

魔術師は、自分の出来ることで領民の役に立ちたいと思っていましたし、何よりも大切な領主の助けになりたいと願っていました。

ですから、自分がずいぶんと忙しくていることなど全く気にとめていませんでした。

領主はそんな魔術師のことが心配で仕方ありませんでした。



屋敷に残った領主は、落ち着かない様子で家の中を歩き、ふいに土間におりて誰もいない炊事場を見回しました。

新しい炊事場は広く、ピカピカです。

そこへ、そろそろ昼食の準備をしようかと、二人の女中がやってきました。

「領主さま、どうかされましたか?」

黒い着流しを着た主の姿に先に気づいた方の女中が声をかけました。

「いや、何か作れるかと思ったんだがな・・」

鍋も見つけられねぇとは・・と、領主は、ぼやきました。

それは、ただのきまぐれでした。

「そのような事は、どうぞ私どもにお任せ下さい。よろしければ何かすぐに出来るものを用意いたしましょうか?」

もう一人の女中が、恐縮した様子で尋ねたので、領主は申し出を丁寧に断りました。

「いや、結構だ。一人暮らしが長かったもので、つい、な。」

少し済まなさそうに笑いかけた領主は、ほろ苦い沈香の香りを残して座敷の方に行ってしまいました。

その色香に二人の女中は腰が砕けました。



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その頃、魔術師は領地の端っこにいました。

結界を破ろうと暴れる魔物は大きくて、かなり凶暴です。

「みんな、下がっていて。一撃で決着をつけるから」

領民を制した魔術師は、すぅと掲げた指先でゆらゆらと揺れる光の文字を紡ぎました。

そして光の波動を魔物目がけて一気に解き放ちました。

ドーン!!

魔法の光は 周りの崖ももろともに、一瞬のうちに魔物を消し去りました。

「魔術師様、ありがとうございます!」

「みんな、怪我はない?ちょっと派手にやりすぎちゃったかも」

魔術師が気遣うと、諏倭の民は笑顔で答えました。

「おかげさまで私たちはみな無事です。
それはそうと魔術師様は先にお屋敷にお戻りください。
そして、心配していらっしゃる領主さまを早く安心させて差し上げて下さい。」

「・・・」

心の内を見透かされたようで、そわそわしていた魔術師は、白い頬を赤く染めました。

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その頃、領主は縁側に座り刀の手入れをしていました。

この日は大変天気がよく、澄み渡る青空には雲一つありません。

魔術師を連れ立って故郷の土地に戻ってから、早、数か月が経ちます。

魔物だらけの荒れた土地に結界を張り、領主館の跡地で暮らし始めてからの日々は、あわただしく過ぎ去りました。

まだ、お世辞にも暮らしやすい環境とは言えず、今日のような魔物の襲来騒ぎは日常茶飯事です。

それでも、見た目には少しづつ人里らしくなり、民の笑顔も増えてきました。

領主は東の空を眺めました。

魔物の事なら魔術師に任せておけばきっと大丈夫です。

彼の力量は一番良く知っていました。


しかし、先ほど土間に降りたとき、炊事場に立つ魔術師が自分のために味噌汁を作ってくれたら、と思いました。

目の前にある広い庭には魚の泳ぐ池があり、植え込みは庭師によって綺麗に整えられていましたけれど 、なんとなく寂しく感じられました。

ほかでもない彼が、庭一杯に花を咲かせてくれたなら・・・

そう考えると、この屋敷ではどうも、暮らしている、という実感が湧きません。

思い出すのは、二人で過ごした城下の小さな家のことばかりでした。


すると、最近何処からか聞こえてくる、いつもの声を感じました。

『・・・わか、若。聞こえていらっしゃいますか?ですからそろそろ覚悟を決めてけじめを付けた方がよろしいと申し上げているのです』

この声が聞こえるたびに、領主は"これは疲れによる幻聴だ"と、聞き流すようにしていました。

この時も同じように言い聞かせて目を閉じると、また別の、今度は優しい声が、余計にはっきりと聴こえてきました。

『心配は無用ですのよ。あの子ならば、きっと成し遂げますから。・・あら、聞こえてしまったかしら?ほほほ・・』

領主はぎゅうと目をつぶりました。
次に聴こえたのは、自分に良く似た、でもとても陽気な声です。

『あんまり迷っているのも男らしくないぞ。我が息子よ!ハツハハハ・・』

眉間の皺をさらに深くした領主は、高笑いをかき消すかのようにパチンと刀を鞘に収めると、すっと立ち上がりました。

「余計な、お世話だ」



庭先では、若木の桜が咲かせた薄紅の花弁が、ちらちらと舞い散っていました。

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そうこうしているうちに、魔術師が転がるように屋敷に戻ってきました。

「黒様!魔物は退治してきたよ。領地の人々は無事だし、結界も心配無いよ!」

玄関先で出迎えた領主は、腕を組んで仁王立ちのまま言いました。

「ご苦労だったな」

「・・うん」

領主の様子がなんだか冷たく感じられたので、魔術師は少し悲しくなりました。

「お前に折居って話がある。来い」



二人は床の間に向かい合わせで正座しました。

厳しい表情の領主の背後には銀竜が飾られています。

緊張した様子の魔術師が握りしめたこぶしには、かすり傷がついていて、それを見つけた領主は小さくため息を付きました。

「今後、魔物の討伐には俺が行く。分かったな 」

魔術師は領主の意見を聞かずに飛び出した今日の振舞いを反省しました。

「勝手なことをしてごめんなさい。オレ、君の役に立ちたくて・・」

「そんな事ぁ分かってる。 だから、お前にはこの家で待っていて欲しい」

魔術師はきょとんとしました。

「お前が待っていてくれるなら、俺は無茶な事はしねぇつもりだ。 だから・・・」

領主は相手の心を射抜くような紅い眼でまっすぐに魔術師の瞳を見つめると、覚悟を決めて言い放ちました。

「俺と結婚してくれ」

かこーん、と庭の鹿威しが鳴りました。

びっくりして見開かれた魔術師の大きな蒼い瞳は今にもこぼれ落ちそうです。

まさかの直球を投げられて、どうしたら良いか分からなくなった魔術師は、落ち着きを無くしてうろたえたのち、頬を染めてうつむいてしまいました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・返事は?」

長い沈黙に焦れた領主に迫れた魔術師は、嬉しさとドキドキで息苦しい胸を押さえて、やっとの思いで答えました。

「УЁФЙ・・・」

「・・・日本語で言え!!」

魔術師はくすっと笑って、ちらと上目使いで領主を見ました。

だれよりも、いとしいひとを。

そして真新しい畳に三つ指をついて、ためらいがちにしおらしく言いました。

「ふつつかものですが、どうか、末永くよろしくおねがいいたします」

その歓喜の瞬間、領主は軽い眩暈を感じました。


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魔術師を抱き寄せた領主が、“必ず幸せにする”と、二つ目の約束をしたとき、屋敷の外では誰かが扇を空高く放り投げました。

すると、紙吹雪のように花びらが舞い、晴れ渡る諏倭の空に銀色に輝く龍が昇りました、とさ。





おしまい

♪最後までお付き合いくださってありがとうございました♪

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